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散歩・旅行

銀ぶら

今日は久方ぶりに、銀座をそぞろ歩きました。 近頃の私は、銀座は銀座でも、千葉銀座に出向くことが多かったですから。 車を西銀座地下駐車場へ留め、とくにあてもなく銀座通りを歩きました。 今日は土曜日。 午後からは銀座通りは歩行者天国になります。 お昼は少し気張ってフレンチの簡単なコース。 メインの鴨肉はじつに美味でした。 ただし、少々量が多かったようです。 近頃の私はプライベートをほとんど着物で過ごしており、今日も当然着物。 誂えたばかりの黒に近い濃紺の着物で出かけました。 目的というわけではないのですが、銀座もとじの男着物専門の店舗を冷やかしました。銀座もとじの男のきもの (別冊家庭画報―きものサロンMOOK)泉二 弘明世界文化社 私は上の本を頼りに帯の結び方や着物のたたみ方を習得しました。 DVDがついており、それを見ながら何度も角帯を結び、今では半分寝ていても結べます。 呉服屋でも、大抵、「着慣れていらっしゃる」と褒められるようになりました。 まだ着物を常用するようになってから1年も経っていないのですが。 まぁ、男物の着付けは簡単ということでしょうねぇ。 男着物専門店というのは都内に...
精神障害

我の強きを

我、迷妄の淵に沈まむとするや、亡父の言動を想起せしめ、これをもって範とし、迷妄より脱出せしめんむと欲するを常とす。 我、心の病を脱すること五年、もはやこれを克服せしめたり。 それもまた迷妄なりや。 我、職を全うしつつありしも、精神上の苦痛耐えがたし。 我が職を全うせしめうる所以は、唯一つ、報酬を欲するがためなり。 報酬を欲するがゆえをもって、これほどの苦痛に耐えざる能わず。 能わずといえど、なお、出勤を重ねるは、我の金銭欲ならずや。  而して、亡父であらばいかなる行動に出るや。 上司を叱責するや、職を辞すや。 亡父また、組織人たるの自覚を得ず。 ただ自寺を持しつつ、宗門での出世を得たり。 これ組織人といわむか。 しかれども我、組織人として二十数余年を過ごしたり。 自ずから、我が仰ぎ見たる亡父とは異なる人生観を抱くは当然なり。 さりながら我、未だに亡父の指導を請おうとは、これ、我の甘えにあらずんば何と言わむか。 我、不惑をこえて五年。 我、今こそ亡父を行いの規とあらむと心得るを、かえって親不孝と得心し、我の思うところにしたがって行いを全うすべし。 それでこそ、黄泉か西方浄土か、いずくにか...
仕事

働かないおじさん

どこの職場にも、ろくに働かず、だらだら過ごしてその分を若手や中堅がフォローする、という困った中高年がいるものです。 50代も後半になり、出世の見込みはなく、飽きがきた仕事ではモチベーションが上がらないのは当然で、かといって新しい仕事に挑戦する気などさらさら起きず、結局はただ出勤しているだけ、みたいなおじさんです。 早い人では、40代半ばあたりからこの症状が現れ、私もそろそろそうなるんじゃないかと戦々恐々としています。 事務仕事を20年以上も続け、その上モチベーションを維持し続けるというのは容易なことではありません。 何かが出来上がるわけでもなく、売上のように数字で目に見えるわけでもなく、なんとなくうまくいけば良くて、しかもうまくいって当たり前。 やりがいなんて感じられるはずもありません。 しかし、世の中の圧倒的多数の社会人は、とくにやりがいなんてなく、ただ食うためにたまたま縁があった仕事を漫然と続けている、というのが本音でしょう。 そして世の中は、そういったやる気のないおじさんの群れに下支えされていると言っても過言ではありません。 でも私は、やる気があるか、意欲があるかなんて、どうでも...
仕事

気分屋

社会人たるもの、常に感情的にならず、冷静でいなければならないのは当然のことです。 とくに中高年においては。 若いうちはたかが仕事のことで熱くなったりするものですが、年を経るうち、世の中そんなに大層な仕事はないと気付くでしょう。 とくに私のような事務職においては。 しかし、どこの部署にも、わずかながら、気分屋さんが存在するものです。 ちょっとしたことで怒ったり、泣いたり。 そしてまた、そういう人は、変に上機嫌だったりして、薄気味悪いものです。 私は双極制障害を患っており、気分屋の塊みたいな病気ですが、病気であるがゆえ、あんまりひどい状態になると医師に出勤を禁じられてしまうので、職場では概ね冷静な性格と思われているように感じます。 障害というほどではない気分屋というのは、なかなか手ごわいもので、障害ではないがゆえ、かなりご機嫌斜めだったり、逆にハイテンションだったりしても、出勤してくるから迷惑です。 そういう人一人のために、嫌な思いをすること度々で、今日、まさに地雷を踏んでしまいました。 私としては遺憾としか言いようがありません。 大人同士の冷静な付き合いを心がけたいものです。にほんブログ...
社会・政治

偉大な中華民族復興の夢(は忘れなさい)

香港で行政長官の選挙に際し、民主派の候補が立候補できないようなシステムを作ろうとして、香港では若者を中心に激しいデモを繰り広げていますね。 1989年の天安門事件を思い起こさずにはいられません。 時代はくだって、今やあっという間に名も無い市民が撮影した映像が世界を駆け巡るようになりました。 そんな時代にあって、天安門事件のような弾圧はいかに中国政府といえども出来ないでしょう。 中国マスコミは、国内向けのニュースで、香港のデモを、国慶節を祝う人々、と紹介しているそうです。 噴飯物とはこのことです。 習国家主席が唱える「偉大なる中華民族の復興」とは、具体的にどのような状況を現出せしめることを目指しているのでしょうね。 一説には、アヘン戦争で敗れて以来の怨念を晴らすべく、過去、最も中華帝国が広い版図を誇った時代と同様の地域を支配したうえに、一度も支配したことがない太平洋の半分を手に入れることにあるとする識者もいます。 これはほとんど誇大妄想とでも言うべき壮大な夢想で、欧州全体を支配し、さらには全世界の覇者となることを夢見たヒトラーにも比すべき馬鹿馬鹿しさです。 中国は広大な領土をすでに持ち、...
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