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仕事

眩い南向きリビング

今日はよく晴れています。 大規模修繕工事に伴う南側の足場が解体され、それを覆っていた白いシートも取り外されたことから、南に面するリビングには燦々とお日様の光が差し込んで、暖房いらずです。 午前中、南に面するリビングと寝室の網戸を取り付けました。西側はまだ足場が残っていますが、網戸を取り付けてよい、との通知が来ましたので、西に面する和室と私の部屋と同居人の部屋の網戸を取り付けました。 今の網戸は頑丈に出来ており、変なストッパーが付いていたりして、外すのも取り付けるのも苦労しました。 駅に近い場所に立地しているため、エアコン頼りで網戸を使うことなんてほとんど無いのですけれどねぇ。 明日は新宿の某ホールでイベントのため近距離出張。 月火は2日間で会議が5本。 面倒ですが、水曜日は明日の振替休日を取っています。 今日はだらだらして、明日からの仕事のために英気を養うとしましょうか。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
映画

ダークスカイズ

朝っぱらからSF映画を鑑賞しました。 「ダークスカイズ」です。 冒頭、「広い宇宙で地球上にしか生命が存在しないと考えること、地球以外にも生命が存在すると考えること、どちらも怖ろしい」という、SF作家、アーサー・C・クラークの名言が提示され、意味深長に物語がはじまります。 郊外の一軒家で暮らす両親と中学生の長男、それに幼い次男の四人家族。 やがて、一家に奇妙な出来事が頻発します。 全員眠っていたはずの深夜、台所が荒らされていたり。 リビングを飾る多くの写真立てから写真が無くなっていたり。 奇妙な幾何学模様の飾りがぶら下がっていたり。 当初、何者かが侵入したものと考え、警察を呼びますが、警察は誰も侵入した形跡が無いことから、子どもの悪戯と考え、「お子さんを注意深く見守ってください」とだけ言って帰ってしまいます。 事態はさらにエスカレートし、家族全員が、一度はほぼ気を失ったような状態になり、その間の記憶がありません。 ついには何百羽という椋鳥がその家にだけ激突して死亡。 妻は似たような事例が無いかインターネットで調べます。 すると、出るは、出るは、似たような事例がたくさんあり、その中に、相談...
その他

インプレッサ・スポーツ2.0 1カ月点検

今日は仕事帰りにスバルの営業所へ行き、1カ月点検を済ませました。 走行距離は850キロ。 一般に、1カ月1,000キロと言いますから、若干、走行距離が短いようです。 点検に1時間くらいかかると言われたのですが、35分ほどで終わりました。 特に問題はないとのことでしたが、1カ月点検時は無料でオイル交換をしてくれるとのことで、オイル交換と、タイヤの空気圧の調整くらいしかすることが無かったようです。 洗車もしてもらい、ピカピカになりました。 インプレッサに1カ月乗って感じたのは、とにかく取り回しが楽だということです。 ハンドル操作をするとよく分かるのですが、回転半径が短く、くるくる回る感じです。 それと、2000ccの車にしては出足が早く、もちろん加速も良いということですかねぇ。 さらに、タイヤが同格の車種のなかでは大きく、路面を噛んでいるような感じが伝わってきて、面白いですねぇ。 それを話したら、営業マンは嬉しそうに、インプレッサは3ナンバー車のなかで最も回転半径が短いとかで、下手な5ナンバー車よりよほど小回りが利くとのことでした。 スバルの営業マンが全てそうなのではないでしょうが、私の担...
仕事

プレゼン

先週に引き続き、月曜日から金曜日まで、しっかり出勤できました。 但し、明後日、日曜日は新宿の某ホールでイベントのため出勤しなければなりません。 韓国人の研究者をたくさん呼んでいます。 去年は中国人でした。 中国人の研究者は持ち時間を過ぎても平気でしゃべり続け、参りました。 韓国に詳しい日本人研究者に聞いたら、韓国人研究者もあまり持ち時間を守るという意識が無いとのことで、思いやられます。 わが国では、学部の演習から、修士、博士と、常に与えられた持ち時間で分かりやすくプレゼンすることを叩きこまれますが、大陸ではその辺、ゆるいようです。 プレゼンが近付いたら、学生同士でプレゼンの予行演習を行い、時間配分や説得力などを互いに批判し合うことを奨励されます。 人様に話を聞いてもらうとはそうしたことです。 まして将来、大学教員などで禄を食み、それで生活の糧を得ようと思うならなおさらです。 人前で話をするのが苦手なら、それこそ噺家に一時的に弟子入りするくらいの覚悟が必要でしょう。 日曜日の振替休日は11日の水曜日と決めました。 その翌週は21日残っている年休のうち1日を消化しようと思っています。 20...
社会・政治

追悼 ネルソン・マンデラ先生

アパルトヘイト(人種隔離政策)という言葉を初めて知ったのは、小学校5年生の頃でしたか。 1980年のことです。 当時、すでに世界は人種差別を、少なくとも表向きは認めないということになっていたので、ひどく驚いた覚えがあります。 さらに、わが国の経済規模が大きいからでしょう、日本国民は名誉白人と呼ばれて白人なみの待遇を受けていると知り、子どもながら激しい憤りを覚えたことを思い出します。 誇り高い日本民族をつかまえて、名誉白人とは何事ですか。 誰が白人なんぞになりたいものですか。 その後、南アフリカで日本国籍を持つ外国人として暮らしていた日本女性が、現地の人と結婚して南アフリカ国籍を取った途端、有色人種として隔離されたことが問題になりましたね。 要は南アフリカ共和国という国は、少数の白人が自国を植民地扱いし、黒人などの有色人種を支配していたというのが現実。 当時南アフリカ政府は、差別ではなく、不測の事態を避けるための隔離だ、と苦しい言い訳をしていました。 敢然と現れたのが、アパルトヘイト撤廃を求める闘士、ネルソン・マンデラ氏。 彼は27年間も投獄されながら信念を貫き、ついにはアパルトヘイトを...
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