スポンサーリンク
社会・政治

都議選

都議選の結果、想像を超える自公の一人勝ちでしたねぇ。 アベノミクスへの期待や憲法改正という大きな政策が、今のところは支持されているということでしょうねぇ。 維新の会がごたごたしてその票も自公に流れたものと推測します。 民主党が惨敗したのは当然としても、面白いのは共産党が議席を伸ばしたこと。 自公には入れたくない、でも民主党や維新・みんなの党にも入れたくない。 死に票になってもいいから今の安倍政権に異を唱えたい、という人が結構多かったということでしょうか。 そういえば私も、弱い自民党支持者ですが、自民党にお灸をすえたい時には共産党に入れていました。 共産党なら自民党にとって代わることはありませんからねぇ。 次はいよいよ参議院選挙。 安倍自民党は、今、勝って兜の緒を締めよ、といった心境でしょうか。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
その他

不安的中

今朝、マンション管理組合の臨時理事会が開催されました。 趣旨は、1階の住民の方に、一階の駐車場を作業員詰所・事務所を設置するとともに、資材置き場としても使わせてもらいたい、というお願いをすること。 じつは4月の第1回の時にその話が管理会社から出た時、私は理事長にその日のうちに一階各戸を訪れ、まだ固まった案ではないが、このような話が出ているということと、話し合いの進捗状況を逐一報告するので、前向きに検討願いたい旨の一報を入れておくべきだと、理事長に進言しました。 しかし理事長は、まだ図面や具体的な使用法も決まっておらず、もしかしたら別のアパートなどを借りて事務所や作業員詰所とする可能性があるので、話が具体的になったら説明したい、と断りました。 私はなおも、それでは一階の方々が一番迷惑を被るのに、蚊帳の外において勝手に理事会が話を進めたということになり、心証を害する、と主張しましたが、理事長はまだ早い、の一本やり。 案の定、私の不安は的中し、貸す貸さないよりも、一階住人に事前の相談もなく、もうすぐ契約書を取り交わすという段階になってそんな話は寝耳に水で、誠意が感じられないと責められました。...
思想・学問

世界文化遺産

今朝の新聞では、まるで米中戦争が始まったかと見まごうばかりの巨大な見出しで、富士山及び周辺が世界文化遺産に登録されることになった、との報道がなされていました。 ずいぶん前から世界自然遺産への登録を目指しながら、ゴミが多いなどの理由で登録が見送られてきました。 これでは埒があかんと、霊峰である富士の精神性や宗教性、富士を描いた浮世絵が欧米の美術界に与えた影響などを訴えて、自然遺産ではなく、文化遺産へと路線を変更し、このたびの登録となったようです。 世界の感想は、大鵬へ死後、国民栄誉賞を贈った時の日本国民と似ています。 まだ世界遺産じゃなかったのか、ということです。 わが国ではお祝いムードですが、私はなんだか白けています。 世界遺産に登録されようがされまいが、富士山が持つ美しさや人々が富士を巨大なご神体と見て尊崇する気持ちに変わりはありません。 むしろ、観光客が国内外から殺到し、静かな霊峰が、騒々しい観光地に変わってしまうことを怖れます。 私としては、世界から懇願されても、世界遺産登録を拒否するくらいの矜持を持ってほしかったと思います。 わが国の多くの名店が、ミシュラン・ガイドへの掲載を拒...
散歩・旅行

新旧

今日は土曜日恒例の都内散歩。 古い物と新しい物を見ようと、まずは御茶ノ水駅に降り立ちました。 古いものということで、湯島聖堂と神田明神を目指しました。 歩いていると軽く汗ばむくらいの、ちょうど良い陽気でした。 湯島聖堂はずいぶん中国風の建物です。 庭で太極拳をやっている人が大勢いました。 ここは元は江戸幕府の学問所。 明治維新後、現在の東京国立博物館、筑波大学、国会図書館などが置かれたとかで、文部科学省所管の機関で事務をしている私にとって、職業上のルーツともいえ、感慨深いものでした。 孔子像がひっそりと建っていました。 起源を主張するのが好きな韓国人は、孔子は韓国人だと言い張っているそうですね。 中国はもちろん相手にしていませんが。 侍の起源も韓国なんだそうで、韓国人というのはじつに立派な人たちです。 尊敬に値しますねぇ。 湯島聖堂のすぐ裏は、江戸総鎮守、神田明神です。 正しくは神田神社と言うんだそうで、初めて知りました。 ここをお参りする人々は、総じて背筋を伸ばして大きく拍手を打ち、深々と礼をしていました。 尊崇の気持ちが伝わってきて、微笑ましく感じました。 義父は現役時代、神田明神...
仕事

不可能を可能に

今日も今日とて糞くだらない長い会議に時間を取られ、思うように仕事がはかどりませんでした。 民主主義社会、特にわが国のお役所のようなボトム・アップを旨とする組織においては、根回しだのに時間がかかり、さらにはシャンシャンで行きたい意思決定の会議でも馬鹿みたいに長々やるのが慣例となっています。 あらゆる関係者の合意を得るのは極めて困難なのに、それをやろうとするのは、不可能を可能にする努力を試みていると言うべきでしょう。 しかし、民主主義であれ、独裁であれ、おのれの利益を守るためにタフな交渉をすることは、まさしく不可能を可能にする困難な努力と言うべきでしょう。 私はこれまで、国策大学ともいうべき機関で、そもそも事業が成り立たない状態のなか、それでもお役目大事ということで、不可能を可能にする無駄な努力を続けたことがあります。 その働きは上司から褒められましたが、そもそもの政策が間違っているわけですから、無駄な努力に終わった、嫌な記憶です。 人間社会というもの、おかしげな判断を下す幹部職員が必ず存在し、それに異を唱えても、権限が無い以上、最後は明らかに間違った判断に基づく事業を遂行するために苦労し...
スポンサーリンク