スポンサーリンク
お笑い

丸坊主ですか?

驚いちゃいましたねぇ。 AKB48の峯岸某なるメンバーが頭を丸めて謝罪会見。 私は峯岸某なる人物の存在すら知りませんでしたが、このたび初めて顔と名前を覚えました。 そういう意味では、丸坊主も効果的だったのかもしれませんね。 わが国では頭を丸めるというのは反省の意を表する行為とされていますが、欧米では逆だそうですね。 頭を丸める=異様な風体をすることによって、相手に抗議の意思を示すんだとか。 いつだったかアマチュアの団体競技で審判の判定を不服とした西洋のナショナル・チームが翌日全員頭どころか眉ま剃って現われたことがありました。 日本人解説者は「反省の意を表するとは殊勝な心がけだ」なんて頓珍漢なことを言っていて笑えました。 峯岸某も抗議の意思表示だったら頓知が効いているのですが、多分そうではないでしょうね。 残念。  なんでもAKB48のメンバーは恋愛禁止という厳しい掟があるそうで、それに抵触したそうです。 秋元先生、野暮ですねぇ。 その昔おニャン子クラブなる少女アイドルグループを仕掛けて荒稼ぎし、しかもそのうちの一人と結婚してしまい、秋元先生の嫁探しだったのかと、馬鹿馬鹿しく感じたもので...
その他

食文化

世界で日本食が普及してどのくらいでしょうね。 私が子どもの頃は日本人は生魚を食す野蛮人と思われていたように思います。 それが今では世界中に鮨屋があり、あるニューヨーカーに言わせると、世界で一番うまい鮨が食えるのはニューヨークだと豪語していました。 米国の某有名俳優は、「俺はアメリカ人だぜ。鮨が好きに決まっているだろ」と言っていたのが印象的です。 また、ある米国映画で、刑事が相棒に「お前はウニを食ったことがあるか。絶品だぜ。おれはこのヤマが終わったらウニを食いに行くんだ」と嬉しそうに話していました。 私の職場のスイス人研究者は、高い料理が旨いのは当たり前だが、日本ではコンビニの弁当ですら美しく盛り付け、しかも旨い、と言ってコンビニ・グルメを楽しんでいます。 フレンチシェフは最低半年は京都の料亭で修行し、和食の精神を学ぶのが必須になっていると聞きました。 彼らは京都に来て、鋭利な包丁で芸術的ともいえる包丁さばきを見て、一様に驚嘆するそうです。 欧米では魚をハサミで切ったりするのが当たり前だそうですから。 あと、問題は衛生観念。 ロシアでも日本料理店が急増し、食中毒などの問題が続出しているそ...
精神障害

3年

早いもので今日で1月も終わり。 今週末は春のような暖かさだとの予報が飛び込んできました。 3年前の2月1日、当時双極性障害で長期病気休暇中だった私は、ようやっと病快方に向かい、職場復帰を目指して厚生労働省所管の千葉障害者職業センターにリワーク・プログラムに参加したのでした。 2月から4月半ばまで。 基礎体力をつけるため、毎朝ウォーキングをするのですが、凍えるような寒い日もあり、ぽかぽか陽気の日もあり、季節の移ろいをあれほど感じた日々もありませんでした。 12週間のプログラムを無事に終え、2010年5月1日に職場復帰。 その後は順調に出勤し、仕事をこなしています。 今思えばけっこうハードなプログラムでしたね。 ハードなプログラムに耐えられなければ職場復帰しても再発してしまう怖れがあるということなんでしょうねぇ。 ハードなプログラムながら、同じような病気を抱える様々な世代の人々との交流は楽しくもありました。 今でも一部の人とは時折会っています。 そうかと思えば再発を繰り返している人や音信不通になってしまった人もいます。 同じような病気と言っても、病後の容体は様々です。 今元気に働けて、ある...
映画

ビンゴ

昨夜は「リアル鬼ごっこ」や「×ゲーム」で一躍有名になった山田悠介原作のホラー「ビンゴ」を観ました。 多くの死刑囚があつめられ、数字が書かれたビンゴの上に座らされます。 ビンゴになればその席に座っていた死刑囚の処刑が即執行されます。 これを何度も繰り返し、最後はわずか4人でビンゴ。 ただし、最終の4人は、数字が出た段階で即処刑。 最後に残った一人は、面接で最後に会いたいと言った人の意志により、無罪放免が処刑かが決まります。 前半、怖ろしく冗長です。 ビンゴの繰り返しでは、どうしても退屈になってしまいます。 しかしラスト、最後に残った青年と、彼が最後に会いたいと言った女性との関係性が暴かれ、一気に迫力を増します。 それでも全体的には残念な作品であると言わざるを得ません。ビンゴ 清水一希,松井咲子Happinet(SB)(D)にほんブログ村映画(オカルト・ホラー) ブログランキングへ
文学

追悼 安岡章太郎

安岡章太郎が死去したというニュースが飛び込んできました。 92歳。 第三の新人と言われた一群の作家の一人でした。 今思うと、三島由紀夫よりも年上だったのですね。 安岡章太郎というと、第二の太宰なんていう人もいました。 しかし太宰治ほどの物語作者としての才能には恵まれず、その代わり太宰治には無い乾いたユーモアがありました。 中学生から高校生の頃、私はこの人の作品を愛読しました。 「ガラスの靴」や「悪い仲間」は青春を描いて瑞々しく、しかもそこに気負った感じがなくて、何度も読み返したものです。 作者が中年になって、「海辺の光景」という、海辺の病院で狂気に陥った母親を看取る作品を発表してから、重鎮扱いされることになりました。 私は若い頃には彼の初期の作品を頭の隅に置いて、主に女性関係で悪い遊びに耽りました。 そして退屈だと思っていた「海辺の光景」に深く感じ入ったのは、昨年の3月、父を亡くした時でした。 親の死という耐え難い事態を、彼はドライに描きつくし、それは父を亡くすという一件から未だに脱出できずにいる私を驚嘆させる醒めた筆致であるということに、改めて気付かされたのです。 私はひねくれ者なの...
スポンサーリンク