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仕事

疲れた

疲れました。 今月はなんだか残業が多くて疲れます。 今日は博士論文審査会が長引いて残業になってしまいました。 先月も残業が多く、今日給料が出て、明細を見て驚きました。 当たり前ですが、超過勤務手当がついて、いつもより10万円ちかくよけいに貰えました。 なるほど、用も無いのに残業するやつが後を絶たないわけです。 私には急ぎの仕事がないのに残業するなんて不可能ですが。 明日は会議で京都に日帰り出張。 これも疲れるんですよねぇ。 前回は往復とも新幹線はグリーン車を取りました。 それでもけっこう疲れましたねぇ。 明日ももちろんグリーン車。 日帰りで、精神障害者の私が京都を往復するとなると、健常者よりも気を使わなければなりません。 因果な質に生まれついたものです。 やれやれ。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
社会・政治

経済

安倍総理、日本を、とりもどす、をキャッチ・コピーに素早く次々と政策を実行に移していますね。 このスピード感、民主党政権下では感じられないものでした。 一番熱心なのは経済問題。 日本を取り戻すには経済が好転しないと始まらないというわけで、大型の補正予算を準備中です。 しかし経済規律も重要で、国債を乱発してでも経済を刺激したいというお気持ちは分かりますが、ほどほどにしておいたほうが良いでしょう。 経済という言葉、明治初期にeconomyの翻訳語として造られたものです。 経世済民と言う漢語を縮めたもので、本来の意味は、世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと。 これはeconomyとは似て非なるものです。 わが国で言う経済は、人々を苦しみから救うことを主眼としており、欧米で使われる商業活動といった意味のeconomyとはそのバックボーンが全く異なっています。 もしかしたら戦前、急速に帝国主義列強の一角に連なっていったのも、戦後の高度経済成長も、わが国が漢籍からとった経済という言葉を生み出したことに象徴されるように、あくまで精神は日本古来のもの、あるいは北東アジア一般のものを保ち続けたからと...
文学

黒田夏子なる75歳のおばあちゃんが、このほど最高齢で芥川賞を受賞したそうです。 芥川賞・直木賞の本来の目的は、有望な新人作家に賞を与えるというものでした。 ここ30年ばかりは、新人作家と言うよりは、若手のそこそこ売れている作家に与える賞というふうに性格が変わってきました。 しかし黒田夏子という人、メジャーな雑誌に発表した初めての作品が芥川賞を受賞したということで、芥川賞本来の意味あいと合致しています。 異色なのは、75歳という高齢だけです。 私は精神障害に苦しめられた過去を持ちつつ、今ではほぼ完治しています。 しかしうつ病は別名泣き病と言われるごとく、時折、ひどく涙もろくなります。 75歳の芥川賞受賞を聞いて、日頃忘れている父の死を思い出し、少し、泣きました。 父は昨年の3月に亡くなりましたが、72歳でした。  父は子どもの頃に親、私からみた祖父を亡くし、寺を維持していくのにひどく苦労したそうです。 しかし20代後半で住職におさまってからは、宗門で事務方のトップにまで上りつめ、面白おかしい人生だったと思います。  私が精神障害を患ってからは、とくに私を気にかけてくれ、差しで6時間も飲ん...
社会・政治

中国の大気汚染

中国の大気汚染が深刻なようですね。 北京の様子です。 ニュースでは数十メートル先が見えないとか、肺や喉をやられる人が後を絶たないとか。 原因は車の激増と、工場がコストが上がるのを嫌って空気を浄化する装置をつけていても稼働させていないことが大きいとか。 切ないのは、空気を浄化する装置の多くが日本の環境ODAで設置されたこと。 彼らにとっては宝の持ち腐れとなってしまったようです。 北京などでは、発がん性のあるPAHs(多環芳香族炭化水素)の数値が先進国の十数倍から二十数倍と言うから怖ろしい。 さらに怖ろしいのは、これから春になると飛んでくる黄砂でしょうねぇ。 九州や中国・四国のみならず、関東地方にまで汚染された空気とともに黄砂がわが国を襲います。 わが国も高度成長期、大気汚染や公害が深刻化しました。 私が小学生の頃など、両国橋辺りを歩くと隅田川が臭かったものです。 それが今では、すっかり臭わなくなりました。 公害も、深刻な事例が新たに発見されることはほぼ無くなりましたね。 発展の途上でそれらの問題が発生するのはいずこの国も同じですが、中国の場合、何しろ広くて頭数が多いうえ、役人や政治家の汚...
文学

薮入り

江戸から大正時代くらいまで、薮入りと呼ばれる日が年に2回あったそうですね。 1月16日と7月16日。 この日は奉公人が休みをもらい、実家に帰ることが許されたそうです。 奉公先からきれいな着物を借り、小遣いを貰って実家に堂々と帰れるうれしい日だったようです。 実家が遠くて帰れない奉公人は、芝居を観に行ったりして薮入りを楽しんだようです。 大正時代にはこの日は活動写真が大混雑したとか。 やぶ入りの かくしかねたる 白髪哉 小林一茶の句です。 なんだか苦労がにじみ出ているようで、切ないばかりです。 薮入の 田舎の月の 明るさよ  高浜虚子の句です。 なんとも解放感があって良いですが、それも一日かぎりのことと思うと、現代を生きる私たちにはやっぱり切ない。 薮入や 母にいはねば ならぬこと  これも同じ俳人の手によるものですが、こちらはなんだか意味深ですねぇ。 母親に言わなければいけないこととは何でしょう。 良いことか、悪いことか。 句の印象は悪いことを暗示させます。 そんな年の薮入りは目出度さも中ぐらいといったところでしょうか。 それにしても休みが年に2回とは切ないですねぇ。 しかも1日だけ。...
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