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その他

今日は冷たい雨に閉じ込められて、ごろごろしています。 季節がこんなに早く移ろうものだとは、43年生きてきて気付きませんでした。 もうすっかり、秋ですねぇ。 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋と、秋は四季のなかでも最も過ごしやすい季節。 春のような濃厚な憂愁の気配もありません。 秋を楽しまずして、いつ楽しむ季節がありましょう。 私はとりあえず、食欲の秋を楽しみたいと思っています。 それには切実な理由があります。 3月5日の父の死以来、食欲不振が続いており、7ヶ月弱で体重が18キロ落ちてしまい、なんだかふらふらするというか、力が入らないのです。 父の生前73キロあった体重が今朝は55キロ。 ダイエットもせずにこんなに急激に体重が落ちることがあろうとは思ってもいませんでした。 就職時の体重が53キロで、その下は私にとって未知の世界。 どうしても53キロ以下に落ちるようなことは避けたいと思っています。 できればここいらで体重減少が止まってほしいと思っており、食欲の秋を楽しみたいというわけです。 体重が落ちて良かったこともあります。 以前買ったスーツが着られるようになったこと。 捨てずに取っておい...
文学

放哉

「放哉評伝」を読みました。 山頭火にかまけているうちに、もう一人の自由律俳句の巨人、尾崎放哉について知りたくなったからです。 よく、動の山頭火、静の放哉と言われます。 山頭火が晩年まで各地を行乞の旅を繰り返したのにたいし、放哉はサラリーマン生活を30代半ばで打ち切り、いくつかの寺の寺男や堂守をした後、晩年は小豆島の小さな庵に閉じこもって句作にはげんだからでしょう。 しかし2人には、共通点も多くあります。 ひどい酒飲みであったこと、多くの人に恥じも外聞もなく金の無心をしたこと、俳誌「層雲」の主要な同人であったこと、など。 句風は当然違ったものです。 山頭火は激しく、放哉は寂しげ。 つくづく淋しい我が影よ動かして見る この句は、読みようによってはずいぶん不気味な印象を与えます。 我の付属物であるはずの影と我とを同じ位置に置いて、影に呼びかけているのです。 一日物云はず蝶の影さす ここでも影が重要な暗喩を含んでいます。 こんなよい月を一人で見て寝る この句は放哉が否定した季語があり、わが国文学では重要なモチーフである月が正面から取り上げられ、放哉の芸術的精神がより自由になったことをうかがわせ...
散歩・旅行

田端文士村

今日は本当に涼しかったですねぇ。 半袖では肌寒いくらいでした。 と、いうことで、私の小さな放浪願望を満たすべく、都内散歩へと向かいました。 まだ上陸したことがない、田端を目指しました。 田端は芥川龍之介や室生犀星などが居住して、一時期田端文士村と言われたお土地柄。 さぞかし名所旧跡が多かろうと思ったのです。 田端の道は不案内なので、まずは車で上野へ。 上野警察署前の時間貸し駐車場へ車を停めて山手線に乗ること8分。 田端駅に到着です。 まずは駅前にある田端文士村記念館に行き、地図を貰いました。 そこから歩くこと約10分。 芥川龍之介旧居跡に着きました。 そこで愕然とします。 看板が一枚あるだけで、何の痕跡も無いのです。 そこで急遽文士村散策を止め、点在する寺社仏閣をめぐりながら山の手の町並みをそぞろ歩くことにしました。 古い真言宗のお寺や、かなり大きな神社がありました。 目を引いたのが、赤紙仁王尊。 自分の悪いところを仁王様の体に移しちゃおうと、赤い紙をはるのです。 仁王尊は赤紙でおおわれ、何がなんだかわからなくなっていました。 これでは仁王尊もたまったものではありません。  わけがわか...
文学

彼岸

今日は秋分の日ですね。 9月23日からずれるのは100数十年ぶりとか。 戦前は秋季皇霊祭という祭日で、この日に歴代首相は靖国神社に詣でる習慣があり、8月15日に参拝するとかしないとかいうことが問題になりだしたのは、ここ三十年ばかりのことです。 マスコミと政治家が、わざわざ問題でもないことを問題としてでっちあげてしまった不幸な出来事です。 暑さ寒さも彼岸まで、とか申します。 その言葉のとおり、今日の関東地方は曇って涼しいようです。 今年は残暑が厳しい年でした。 その残暑からようやく解放されるかと思うとほっとします。 涼しくなってきたところで、今日はこれから、どこへやら散歩に出かけましょうか。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
思想・学問

学士

今日の学士会館での会議、予想したとおり、予定調和的に何事もなく済みました。 実質2時間。 片道1時間20分でしたから、拘束時間は普通に出勤するよりもぐっと短く、得した気分です。 学士会館というのは旧帝国大学全体のOB会のような組織で、神田錦町にある本部には、会議室や宿泊施設、レストランなどが入っています。 建物は戦前の建築で、赤じゅうたんが敷かれ、天井がやたらと高く、レトロな感じの雰囲気のある内装になっています。 一階にあるラウンジには、なぜかいつもおじいちゃん達がたむろして、新聞や雑誌を読んだり、談笑したりしています。 旧帝国大学のOBなんでしょうかねぇ。 目の前にあるそば屋で昼飯を食ったのですが、スーツできめた痩身の老紳士が、鴨南蛮を食うときスカーフをナプキンのようにして首からかけて食っていました。 鴨南蛮を食うのに気取りすぎな感じがしましたが、きっとおぼっちゃま育ちなんでしょうね。 今は四年制の大学を出れば誰でも学士ですが、その昔は旧帝国大学卒業者にしか学士の称号を与えられなかったそうです。 早稲田や慶応など、私学の名門校でも駄目だったわけで、学士というのは権威あるものだったよう...
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