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文学

豪雨

昼休み。 外はひどい雨です。 今日は東日本全域が豪雨に見舞われるとか。 東日本大震災に襲われた方には、一年半の時を超えた涙雨となっていることでしょう。 あららかに わがたましひを 打つごとき この夜の雨を 聴けばなほ降る 若山牧水の和歌です。 私は今日の雨に魂を打たれてなどいません。 しかしうつ病が激しい時、雨は大敵でした。 雨が降ると布団から起き上がれなくなってしまうのです。 今はそういうこともなくなりました。 ただ鬱陶しいだけです。  病癒えて、ずいぶん楽に、生き易くなりました。 水不足が叫ばれる昨今、この雨が恵みの雨となることを祈ります。若山牧水歌集 (岩波文庫)伊藤 一彦岩波書店にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ
社会・政治

人肉食パーティー

人肉食といえば、思い出すのは「羊たちの沈黙」シリーズのレクター博士。 フランスに留学中、現実に人を殺し、死体を喰らったものの、心神喪失で無罪となった佐川一政。 彼は自ら事件を小説化、「霧の中」を出版しています。 わが国では人肉をテーマにした小説や映画は少ないですが、欧米には数多く存在し、人肉を喰らうということに異常な関心を持つ輩が少なからず存在するようです。 このたび、都内杉並区のライブ・ハウスで、人肉を喰うパーティーが行われたことが報道されました。 なんでも自分が男性であることに違和感を感じ、性転換手術を受けた者が、手術代の足しにと、切除済のおのれの陰茎を提供、ライブ・ハウス内のスクリーンにそれを大写しにした後、フライパンで焼き、希望者から2万円をとって喰わせたそうです。 ライブ・ハウスには入場料を払って70人が参加、5人が追加料金を払って実際に食したとか。 なんという悪趣味でしょうか。 芸術には悪趣味と呼ばれるジャンルがあって、ド派手だったり、グロテスクだったりする作品を創作し、愛でています。  私は悪趣味と呼ばれる芸術のジャンルにシンパシーを感じる者ですが、さすがに人肉パーティー...
社会・政治

千隻?

中国の漁船千隻が尖閣諸島に向けて出発したとのニュースを見ました。 海は船影で真っ黒です。 さらにもう九千隻、併せて一万隻が尖閣を目指すのだとか。 漁船というからには、漁が目的であるはず。 いったいそれだけの大船団を連ねて、何の魚を捕るというのでしょう? 常識的に考えて、これは尖閣の国有化に対する抗議行動であることは明らかです。 おそらく短銃や機関銃で武装していることでしょう。 いくら漁船でも、これだけたくさんこられては、海上保安庁では対処しきれますまい。 超法規的措置でも良いから、海上自衛隊に出て行ってもらう他ないんじゃないでしょうか。 一万隻もの船では、とても追い払うことなど不可能です。 近頃の中国の反日デモ、常軌を逸しています。 あれはデモではなく、暴動、騒乱の類でしょう。 なぜ中国政府が厳しく取り締まらないのか不思議です。 日中国交正常化以来40年、これほど日中関係が冷え込んだ時期はないんじゃないでしょうか。 突発的な武力衝突が懸念されます。 まさか全面戦争ということはないでしょうが、えてしてちょっとした武力衝突が、誰にも止められずに拡大していくということはあるものです。 鉄砲を...
文学

NHK

NHKの記者から、このブログを読んで、漂白の自由律俳人、種田山頭火への思いについて取材したい旨のメールを受けたことは以前書きました。 山頭火に関して何度か記者とメールのやり取りをしました。 そうしたところ、直接インタビューしてそれを撮影、放送したいことと、できれば日常生活も撮影、放送したい、との依頼がありました。 なんとも奇妙なことになりました。 私のブログには多い日で500IP・3,000PVくらいの訪問があります。 少ないときで200IP・1,000PVくらいでしょうか。 その中にはマスコミで働く人も当然いるでしょう。 しかしまさか私に取材したいとか、放送したいとか言ってくる人がいるとは思ってもみませんでした。 むしろ何かの雑誌に随筆でも書いてくれ、という依頼を期待していました。 それがテレビ番組。 それも天下のNHK。 驚いちゃいますねぇ。 私は精神障害発症以来、基本的に守りの生活を送ってきたように思います。 精神をゆさぶるようなことからは、できるだけ遠ざかって生きてきました。 しかしここらで、この滅多にない機会を、うまく利用してみようかと思っています。 平々凡々たるサラリーマン...
文学

漂白と遁世

昨日山頭火の評伝を読んだせいか、サラリーマンを続ける私の生活に深い疑問を抱くにいたりました。 サラリーマンを続ければ、嫌なことは多かれど、月々お給料を貰えて、安泰な生活を送ることができます。 だからこそ、多くの人々は就職活動をしてサラリーマンになるのでしょう。 しかしそれは、食うために時間を切り売りする行為です。 時は金なり、と申します。 まさに時を金に変える錬金術が、サラリーマンの生き方といえるでしょう。 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。 舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。 予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず。去年の秋、江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やや年も暮れ、春立る霞の空に白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。 有名な松尾芭蕉「おくのほそ道」の冒頭です。 やむにやまれぬ漂白放浪への思いが認められています。 これを読んで旅心を起こさぬ日本人がいるでしょうか。 一方与謝蕪村は若い頃芭蕉に憧れて津軽にまで旅をしていますが...
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