スポンサーリンク
映画

247°F

午後もDVD鑑賞です。 私の生誕祭はDVD鑑賞が序章のようです。 観たのは、「247F°」です。 週末を湖畔の山荘に過ごしにきた男女四人。 四人は酒を飲んでいるにも関わらず、面白がって山荘のサウナに入ります。 最初はサウナで汗をかいては湖に飛び込んで涼を取る、お決まりのサウナの楽しみを味わう四人。 その中で最も酔っ払っている男がトイレだと言ってサウナを出ますが、出掛けに梯子をサウナのドアに引っ掛けてしまい、3人はサウナに閉じ込められることに。 サウナから出た男は爆睡していしまい、3人の叫びも届きません。 サウナの焼き石で小さなガラス窓を破壊したり、ヒューズを飛ばせてサウナの温度設定機能を破壊しようとしたりしますが、なかなかうまくいきません。 当然、脱水症状から熱中症にかかっていき、さらにはイラついた3人は罵り合いを始めます。 私も前はよくサウナに行って大汗をかいたりしましたが、サウナに入っていられるのは、せいぜい十数分。 それ以上は無理です。 私はサウナでは、必ずドアの近くに座るようにしています。 気持ち悪くなったときすぐに出られるように。 でもそもそもドアが開かないのでは、話になりま...
映画

LAST4

今日は私の43才の誕生日。 休暇を取りました。 早朝、DVDを鑑賞しました。 「LAST4」です。 米国のある郡で化学兵器工場が爆発します。 飛散した薬物で、郡内のほとんどの者が感染。 ゾンビのような凶暴で人を襲う病人になってしまいます。 ゾンビと違うのは、襲われたからといって感染しないこと。 そんな中、4人の男女が感染からまぬがれ、ある倉庫のような場所に立てこもります。 物語りは籠城とそこからの脱出がメインになります。 米軍はヘリを飛ばし、非感染者の救出に努めますが、4人はなかなか救出されません。 ゾンビ物の亜種としては、ずいぶん大人しめで静かな演出です。 正直、物足りません。 第一、郡内では最後の四人かもしれませんが、郡の外では平穏な生活が保たれています。 そういう意味で、終末的な荘重さもなく、ゾンビの恐怖もそれほど感じられない、いかにも中途半端な作品に仕上がっています。 ゾンビ物なら必ず観るという方以外、お勧めできません。 今日はこれから運転免許の更新に行かなければなりません。 今までゴールドでしたが、一回ネズミ捕りに引っかかっているので、今度はブルー。 講習も二時間も受けなけれ...
その他

生誕祭

明日は私の43回目の誕生日。 今夜は生誕前夜祭です。 明日は生誕祭のため休暇を取りました。 生誕祭のクライマックスは8月25日(土)から27日(月)の中禅寺湖畔での避暑。 誰も祝ってはくれませんから、自分で勝手に祝うのです。 昭和22年の日本人男性の平均寿命は50.06歳。 まさに人間50年だったわけです。 その頃なら、43歳といえばもう老人でしょうか。 それが年々平均寿命は延びて今は日本人男性は78歳。 老人だったはずの40代半ばは鼻たれ小僧になってしまいました。 現に当時47歳の谷崎潤一郎のことを、某雑誌で谷崎翁と書いてあって、驚いたことがあります。 近頃40代の男性には、アンチエイジングとか称してシミを消したり奇妙な液体を注射して皺を伸ばしたりすることが流行っているやに聞き及びます。 誠に愚かな行為と言わざるを得ません。 少々若く見えたからと言って、どうということはありません。 人間生きている限り必ず老いるもの。 不老長寿は人類永遠の夢であり、絶対に叶うことのない儚い夢でもあります。 古くは不老長寿の秘薬を求めてあっちこっちに使者を遣わした中国の皇帝がいたり、ハンガリーのある伯爵...
思想・学問

政権

今日は源頼朝が征夷大将軍に任じられた日。 1192年のことです。 中学生の頃、いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府と年号を覚えた方も多いのではないでしょうか。 もう820年も前なんですねぇ。 先日江戸東京博物館に二条城展を観に行きましたが、徳川慶喜が大政奉還する前、諸大名にその旨を告げた文書が展示されていました。 藤原摂関家の摂関政治に始まり、保元・平治の乱を経て平氏が政権を握ってから武家が政権を握ることになった経緯から説き起こし、宗家徳川家康による江戸幕府の2百数十年も含め、天皇が自ら政権を握ることは無かったことが淡々と語られた末、わが国古来の天皇による親政に戻るべきことが語られていました。 そこには薩長軍による倒幕に敗れた悲哀も、江戸無血開城の悔しさも感じられず、徳川慶喜という人が冷徹なリアリストであったであろうことが感じられました。 挙句、江戸は東京という屈辱的な名前を押し付けられ、薩摩や長州、土佐や肥前の田舎侍が洋装に身を包んで空威張りし、ちょっと視察で来たはずの天皇の東京滞在は今もなお続いています。 だいたい東の京とは何事ですか。 江戸という親しまれた名前を棄てなければならない...
思想・学問

仏教と精神分析

昨夜は「仏教と精神分析」という書物を一気に読破しました。 心理学者で精神分析学者でもある岸田秀と、仏教学者の三枝充悳との対談集です。 例によって亡父の蔵書から頂戴してきた物です。 まず驚いたのは、岸田秀の東洋思想に関する無知ぶり。 寒山拾得の故事も知らず、唯識という言葉すら知らなかったのですよねぇ。 私はわが国で学者と言われるくらいの人は、専門が何であれ日本古典、漢文、仏教、儒教、神道などのわが国の精神文化を支えてきた物を一般教養として身につけているものだと思っていましたが、西洋かぶれの心理学者にはそんな物興味がなかったようです。 岸田秀といえば1980年代、世の中のすべては幻想だとする唯幻論や、人間は本能が破壊されているから自我を発達させたなどの説を唱えて颯爽と論壇に踊りだし、ニュー・アカデミズムの先がけとなった人です。 私も学生の頃、この人の著作を何冊か読みました。 当時から、この人の思想が仏教の唯識論に似ていることはたびたび指摘されていましたが、この対談集でもかなり突っ込んで唯幻論と唯識について語られていました。 私は一時期唯識論にはまり、続けて何冊か唯識の解説書のような物を読み...
スポンサーリンク