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文学

感じる

学生の頃、所属していた浪漫文学研究会の宴会で、教授と助手がつまらぬ論争を繰り広げるのを耳にしました。 助手は、文学研究者は感じることを止め、自然科学者のような醒めた態度で文学作品にあたるべきだ、との論を繰り広げました。 それに対し教授は、感じることを止めたら文学研究は不可能であるし、そもそも感じることを止めるなどということは、人間には不可能であり、人間精神への冒涜である、と諭しました。 しかし助手は持論を曲げず、物語作者とその享受者に感じることを任せ、研究者は感じるべきではない、と言い張りました。 これは実におもしろい論争でした。 助手が言うことも分からないではありません。 若き研究者が、研究の神髄を真理の追究にあると考え、そのためには感情が邪魔になる、というわけですから。 それに対し、和歌から日本民俗、近現代文学まで広く研究する教授は、それは文学の神髄から外れる、と考えたのでしょう。 教授は我々学部学生一人一人に意見を求めました。 私は、料理を味合わずしてその見た目や栄養素だけを研究するのは不可能である、と応えました。 多くの学生も教授の論に賛成しました。 その半年後、助手は北海道の...
社会・政治

小さい

安倍元総理、女性を祖とする宮家の創設を、「縦糸を男系で紡いできた皇室の長い歴史と伝統の根本原理が崩れていく危険性がある。安易に決められたのでは大変なことになる」 と、表明したそうです。 小さいですねぇ。 私はどちらかと言えば伝統を重んじる保守的なタイプですが、保守主義というのはなんでもかんでも昔どおりというものではなく、核となる伝統は維持しつつ、時代の要請によって変えるべきところは変えていく柔軟性を持っていなければならないと考えています。  このブログで何度も述べたとおり、皇室が生き残ってきたのは、時代に合わせて皇室自らが変化してきたからでありましょう。 そして、現代。 現代はそもそも血統に価値を置くことを否定しています。 高貴な血統というものが存在するならば、当然、卑賎な血統が存在しなければならないことになります。 したがって皇位継承は血統を重視すべきではないでしょう。 私は選挙やくじ引きで天皇を決めるか、皇室を廃止するか、どちらかしかないと思っています。 あるいは生身の人間ではなく、木偶人形を天皇にして崇めたって良いのではないかと思います。 石や鏡をご神体として崇めるようなものです...
文学

冷奴

今日はめっきり冷えました。 明日はもっと寒いとか。 いよいよ冬本番ですね。 私は熱いお茶やコーヒーを好みません。 真冬でもアイス・コーヒーや冷たいお茶を飲んでいます。 なんだか冷たいほうが口の中がさっぱりするからです。 猫舌というわけではないんですけどねぇ。 そこであえて、夏の冷たい食い物を季語にした句を。 放蕩の ふぐり老いゆく 冷奴  角川春樹 私は角川春樹の句をけっこう好んでいます。 男らしく、言い切り系の句が多いのですよねぇ。 ふぐりとは睾丸のこと。 放蕩を重ねた男、おそらく作者自身でしょうが、その精が衰えを見せ始めた年頃に冷奴を食う、という句で、哀愁漂いますねぇ。 特に私は精神障害者になってから、めっきり精が衰えているので、身につまされる思いです。 まだ老けこむには早いんですが。 夏の句なので当然冷奴を食うのは暑い盛りなのでしょうが、私はあえて、冬、暖房の効いた部屋で食う冷奴の情景を思い浮かべたいですねぇ。 あぁ、今日はおのれのだらしなくなった下半身を哀しみつつ、冷奴で焼酎のロックでも飲みたい気分ですねぇ。海鼠の日―角川春樹獄中俳句角川 春樹文学の森白い戦場―震災句集角川 春...
映画

クレイジーワールド

昨夜はSFパニック映画「クレイジーワールド」を鑑賞しました。 近未来、ウィルスの仕業か、原因は不明ですが、突然人間同士が、友人といわず家族と言わず殺し合う現象が発生。 世界はあっという間に無秩序状態になります。 この地獄を生き抜いた両親と成人した息子と娘の4人家族が、生き残りを賭けて存在するかどうか分からない避難区域を求めて彷徨います。 車を盗み、走る途中でガソリンスタンドを発見。 食糧など様々な物資を盗み出し、再び車にもどろうとしますが、機関銃で武装した男たちが車からガソリンを盗んでしまいます。 ガソリンスタンド裏の森林地帯に逃げ込む家族。 感染者なのか自分たち同様生き延びた者なのかはわかりませんが、機関銃を持った男たちを警戒し、森の中を彷徨います。 しかし、謎の男たちに次々殺される家族。 最後は父親一人になってしまいます。 そして精根尽き果てた頃、森の中であるグループが感染を逃れてひっそりと暮らしている一軒家にたどり着きます。 グループは父親を縛り、感染者かどうかを見極めようとします。 その後、父親は驚愕の真実を知るのです。 「28日後」、「28週後」のような、分かりやすいゾンビめ...
社会・政治

70年

今日は日米開戦の日。 今年はちょうど70年だそうです。 最近では大学生のなかにも「日本が米国と戦争したって本当ですか?どっちが勝ったんですか?」なんて真顔で聞く輩がいるやに聞き及びます。 にわかには信じがたい恐るべき常識の無さですねぇ。 日米開戦の理由は、わが国がアジア太平洋諸国を侵略したからだ、とか、日独伊軍事同盟を結んだからだ、とか、第二次世界大戦でフランスがドイツに敗れた後、わが国がフランス領インドシナを占領したからだ、とか、あるいは米国がわが国に対してハル・ノートを突き付けたり在米日本資産を凍結するなどしてわが国を追い込んだからだ、とか、ルーズベルトがどうしてもわが国を叩きつぶし、さらにはナチを殲滅したかったからだ、とか、様々な論がありますが、いずれも枝葉の話に過ぎません。 要は巨大帝国主義国家同士であったわが国と米国との利害が、のっぴきならないところまで対立してしまったから、ということが根本原因でしょう。 当時はまだ核兵器も大陸間弾道弾もなく、大戦争をしたからといって人類絶滅にまでいたる心配がなかったため、開戦へのハードルが低かったことも一因でしょう。 米国は枢軸国側に対して...
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