2013-05

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仕事

長い

今日は午前10時からマンション管理組合の理事会でした。 12時半まで、2時間半もかかりました。 長い。 それもそのはず、9月から12月に予定している大規模修繕工事の契約を6月1日にひかえて、契約書・仕様書の文言を一言一句確認したのです。 請負業者の住友不動産が用意してきた原案が杜撰で、誤字脱字だらけ。 そんなことを理事会が一々チェックしなければならないのだとしたら、重要な案件の審議などできようはずもありません。 しかも疑問点を住友不動産の担当者にぶつけても答えられず、社に持ち帰って検討する、と言うばかり。 4千万円の契約にしては、いい加減すぎやしないでしょうか。 住友不動産はマンションが建ってから13年間管理業務を請け負っており、それに胡坐をかいているとしか思えません。 大規模修繕工事の請負業者を住友不動産に決めたのは前年度の理事会ですが、複数社から見積を取って決めたとは言うものの、これでは先が思いやられます。 どうも4月の人事異動で担当者が替わり、前任者との引継ぎがうまくいっていないのと、管理組合を素人集団となめてかかり、契約書も仕様書も黙って了承するものと思い込んでいたようです。 ...
精神障害

減薬

今日の夕方、三週間に一度の精神科の診察でした。 4月以降、直属の上司、及び私のラインにいる部下五人のうち二人が代わり、毎日質問攻めで、自分の書類仕事が終わらずに残業が増えたことを訴えました。 しかし、私は肉体的にはともかく精神的にはやられていません。 どうしてよいかわからない状況ではなく、単にやらなければならない仕事が多いだけだからと思われます。 現に私は日々元気に過ごしています。 すると主治医は、ずいぶん長いこと順調に出勤できているので、さらなる減薬を勧めてきました。 今私が飲んでいるのは、   坑躁剤としてリーマスが朝夕2錠。   抗不安薬としてソラナックスが頓服。   抗うつ薬としてリフレックスが就寝前3錠。 これを、抗うつ薬のリフレックスを3錠から2錠に減らそうというのです。 私に嫌ながあろうはずもありません。 正直言って、もう抗うつ薬は完全に切っても良いと思っているからです。 しかし主治医は減薬には慎重です。 過去の減薬に際しても、同じ薬を四か月以上続けて様子を見、大丈夫そうでも必ず私の同意を求めます。 精神科医としては名医なのではないかと思います。 主治医と患者が同意の元に...
精神障害

微熱

どうもだるいと思って、熱を測ってみたら、微熱がありました。 37度2分。 食欲がわかず昼飯を抜いて昼寝。 今、もうすぐ15時になろうという頃合いですが、空腹を感じません。 こんな時は無理に飯を食わずともよろしいでしょう。 食欲が無いということはすなわち体が飯を拒否しているということでしょうから。 ただ、やたらと腹が鳴ります。 今日は16時30分から三週間に一度の精神科の診察があります。 自覚的には精神症状を感じなくなって3年くらいたち、薬の量も一番たくさん飲んでいた時の五分の一くらいに減っているのですが、なかなか完全に切るのは難しいようです。 完全に切ったらどうなるか、試してみたい気もしますが、それはあまりにもリスキーというもの。 また調子を崩したら馬鹿馬鹿しいですから。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
文学

露か涙か

雨が降っています。 そのせいか、体がだるくて重い感じです。 早くも梅雨を思わせて、憂愁の感を深くします。 五月雨とは、旧暦5月の雨で、今で言う梅雨。 今日は新暦5月11日なれど、梅雨のようですね。 わずかな週末の訪れを心待ちにして平日を暮らす宮仕えの身であれば、貴重な土曜日にこれでは心浮き立つはずもありません。 しかし、実りの秋を迎えるためには必須の時季だと知れば、ここは諦めるよりほかなさそうです。 五月雨は 露か涙か不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで 狂乱の戦国時代を生きた足利幕府13代将軍、足利義輝の辞世です。 この人、わずか11歳で実権を失った足利将軍家を継ぎ、家臣であるべき戦国大名同士の争いに巻き込まれたり、調停役を買ってでたり、なんとか将軍家に威光を取り戻そうとしますが、戦に巻き込まれ、30歳で討ち死にしたと伝えられます。 従弟が14代を継ぎますが、わずか八か月で病死。 15代は大河ドラマなどでおなじみの、織田信長に担ぎ出され、最後は太閤のお伽衆となった足利義昭です。 驚くべきは足利家、姓を改めて江戸時代にも生き残り、実際の石高は1万石未満の小名だったにも関わらず、格式だけは...
文学

S

川端康成という作家はきわめて多作で、文学史に名を残した純文学作品のみならず、多くの娯楽作品を書いています。 その中で私が非常に興味深く読んだのは、昭和10年代初頭の女学校を舞台にした「乙女の港」という作品です。 これは当時女学生に非常に人気があった少女向け雑誌「少女の友」に連載されたもので、中原淳一の挿絵など、ややバタ臭い顔の女学生が描かれ、今見ても極めて美的な絵画群です。 こんな感じです。 当時、「少女の友」は投稿欄が充実しており、さらにはペンフレンド募集の欄があり、多くの少女たちが投稿したり、ペンフレンドを求めたりしていたようです。 今でいえば、フェイスブックやミクシィなどのSNSに当たるんでしょうか。 ただ、当時「少女の友」は退廃的とされ、これを愛読するのは良家の子女としては良からぬ仕業とされていたのも事実のようです。 しかし当然、その当時女学校に通える少女はごく一部のお金持ちに限られており、暇と金を持て余した良家の子女が退廃的な文化に憧れるのは当然というべきでしょう。 「乙女の港」に登場する少女たちも、みな夏は軽井沢の別荘に出かけるようなお嬢様たちです。 しかし、時代の空気には...
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