2013-05

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文学

二重でエラがなくて頬骨もない

韓国の小学校低学年向けの写真に、幼児とその両親を映した幸せな家族の写真が掲載され、韓国マスコミで問題になっているそうです。 その理由は、その家族の顔がいずれも二重瞼でエラが張っておらず、頬骨も出ていないことから、日本人にしか見えない、というもの。 韓国マスコミは、朝鮮半島の人の特徴的な部分が無いことをもって日本人と決めつけ、問題視しているようです。 じつに馬鹿馬鹿しい。 これが問題となった写真です。↓ 小学生80数万人が使用しているとかで、韓国政府は今のところ回収する気は無いようですが、一部マスコミが回収のうえ、伝統的な韓国人の顔をした家族の写真に掲載すべきだと主張しているとか。 でも不思議ですねぇ。 以前このブログで紹介したミスコンテストの最終候補者たちは、みな二重瞼でエラが張っておらず、頬骨も出ていませんでしたが。 クローン人間かコピペのように同じ顔でした。 こんな感じです。 韓国の人々は伝統的な韓国人のお顔はお好みではないのかと思っていましたがねぇ。 整形で一重でも二重にし、エラも頬骨も削ってしまう、世界一の整形大国で、伝統的な顔をした家族を登場させろとは、片腹痛いというものです...
社会・政治

無神論者に絞首刑を

バングラディシュでイスラム教徒20万人あまりが、イスラム教やアッラーの神を冒瀆した者に死刑を適用することを求め、大規模なデモを行い、一部が暴徒化、治安部隊と衝突して22人が亡くなった、という衝撃的なニュースが飛び込んできました。 バングラディシュはイスラム教徒が83%を占めますが、かつては仏教が盛んで、今も人口の16%が仏教徒であり、信教の自由は保障されていたはずですがねぇ。 大体死刑廃止を求めるデモというのは聞いたことがありますが、ある特定の宗教を冒瀆したら死刑にしろなどという乱暴な主張を掲げて大規模デモを行ったという話は寡聞にして知りません。 以前、過激なイスラム原理主義の祭政一致国家、イランで、ある女性がテレビのインタビューで尊敬する人物を問われ、当時イランのテレビで放送されて人気があったおしんと応えたところ、死刑判決を受けたと聞いて驚いたことがあります。 死刑の理由は、イスラム教徒ではない人物を尊敬したからだとか。 もっとも、すぐに恩赦となり、死刑が執行されることはなかったそうですが。 バングラディシュと言えば、国旗のデザインが日の丸とうり二つで、一部に日の丸をぱくったとか、日...
仕事

連休あけ

連休明けの午前の仕事が終わりました。 なんとなく、だるい感じです。 たっぷり休んで気分転換したはずですが、やっぱりお仕事モードに切り替えるのは難しいようです。  でも明日が締切の調書があるので、これだけはやっつけなければなりません。 この調書、依頼が届いたのが5月2日で、締切が5月8日とは、普段の日なら十分余裕があるのでしょうが、間に休みを挟んでいるため、タイトな日程になってしまっています。 もし4月に異動で着任した人が担当していたら、勝手が分からずに休日出勤になっていたものと想像します。 幸い、私は今の部署に三年目。 面倒な調書ですが、どこにどの資料があるかは知りつくしていますので、面倒なだけで、やり方は熟知しています。 まぁ、ぼちぼちやりますか。 とりあえずは昼飯と昼寝ですかねぇ。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
映画

あそこの席

大型連休最終日、明日からの仕事にそなえ、家でのんびり過ごしました。 出かけたのは、スーパーに行ったのと昼飯を食いに行った時だけ。 肩のこらない気楽なホラーでも鑑賞しようと、「あそこの席」という学園ホラーを借りました。 文章は幼児並みの下手さ加減で笑わせてくれる山悠雄介ですが、デビュー作、「リアル鬼ごっこ」を始めとして、作品が次々映画化されるのは、優れたストーリーテラーである証拠でしょうねぇ。 一言で言って子供だましですが、ホラーファンというのは騙されることが好き。 騙されたくてせっせと観ているようなものです。 この作品、子供だましながらよく出来ています。 ありがちなシチュエーションにありがちなストーリー展開。 それでいて引き込まれてしまう私が滑稽ですねぇ。 ホラーに限らず物語りを楽しもうとするとき、私は子どもに帰るようです。 それが気分転換になるのでしょうねぇ。 これはある高校に転入してきた女子高生が、呪いの席と呼ばれる席に座ったことから起きる惨劇を描いています。 一見いい人そうに見える生徒がじつはイカレテいたり、親切そうな教師がひどいやつだったり、待ってましたと言いたくなるような定石...
思想・学問

数千億万人

政治家の主たる仕事というのは、言うまでもなく法律を作ったり改正したり廃止したりすること。 民主主義国家においては、基本的に何事も多数決で決められます。 極端な話、半分+1人の賛成で法律は成り、半分-1人の意見は尊重されることはあっても結果的には切り捨てられます。 そう考えると、政治家の仕事はシビアですね。 憲法改正に限っていえば、衆参両院で3分の2が賛成し、さらに国民投票で過半数の人々が賛成しなければ、改正は成りません。 厳しい要件に胡坐をかいて、今に至るまで憲法改正が成らなかったことは、政治の不作為とも言うべきで、政治家のみなさんには反省を求めたいところです。 今朝の某新聞に、興味深い記事がありました。 民俗学者の柳田國男の言葉を引用し、法律の改廃、制定にあたる者の心構えを説いたものです。 「時代ト農政」に書かれているそうです。 国家の生命が永遠でありますならば、予め未だ生まれてこぬ数千億万人の利益をも考えねばなりませぬ。 況や我々は既に土に帰したる数千億万人の同胞を持って居りましてその精霊もまた国運発展の事業の上に無限の利害の感を抱いているのであります。 ごもっとも。 中曽根元総理...
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