2015-06

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その他

今日もまた1日の仕事を終え、晩酌をやりました。 もう長いこと、平日の楽しみはわずかな酒だけです。 しかし私は、それを幸せと呼びたいと思っています。 なんであれ、日々にうるおいを与える幸せがあることは結構なことだろうからです。 私ははるか23年前、就職するとき、仕事から帰ったなら、蛮勇をふるって机に向かい、おのれが信じる美的世界や奇妙な世界を文章で紡ぎ出す時を持ちたいと思っていました。 しかし結局は土日などの休日しかその野望を果たすことは出来ず、今となっては休日ですら、そんな面倒なことはできずにいます。 これを衰えと呼ぶべきでしょうか? あるいは怠惰? 今もほろ酔い加減でこの記事を書いています。 デスクトップがある自室ではなく、リビングで、タブレットを使って食卓で。 食卓の上には濃い水割りが乗っていて、それをちびりちびりとやりながら。 私はどうも酒は止められないようです。 酒による意識の変容は、私に多大な快感をもたらします。 しかも不思議なことに、意識の変容というのは、混濁ではなく、自覚的には頭が冴えてくるような感じがするのです。 不思議ですねぇ。 もう一つ不思議なことは、仕事のことが頭...
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昨夜、寒気を感じて午前3時頃目を覚ましました。 起きると激しく咳きこみ、咳が止まりません。 たまらず、常備している市販の咳止め薬を飲み、しばらくして再び眠りました。 朝6時に目を覚ますと、節々が痛み、熱を測ってみると微熱がありました。 よほど仕事を休もうかと思いましたが、少なくとも午前中は出勤しないとまずい案件があったため、出勤しました。 案件を済ませて今、昼休み。 体調は優れませんが、早退するほどではないように思います。 これから昼寝して、午後に備えるといたしましょう。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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今、この時を

朝から本降りの雨。 いよいよ梅雨でしょうか。 今朝、車で通勤する途中、多くの小学生が通学する道で、子供たちはまるで雨を喜ぶかのように、長靴を履いているのを良いことに、わざと水たまりで跳ねまわったり、友達の傘を引っ張ったり、楽しそうでした。 遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけむ、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ。という、「梁塵秘抄」の文句を思い出します。 「梁塵秘抄」は平安末期の今様(流行の歌謡)を集めたものとされていますが、その成立や全貌は謎のままです。梁塵秘抄 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)植木 朝子角川学芸出版 それはともかく。 子供たちのはしゃぐ声を聞いても、姿を見ても、私は我が身さえこそ動がるれ、とは思いません。 ただ、命の輝きとともに、その裏に隠された儚さを思い、世の無常を感じるばかりです。 玉のような赤ん坊であっても、お食い初め、七五三、義務教育、高等教育などの通過儀礼を経て社会人となり、世の垢にまみれた中年になり、ついには老い、死んでいきます。 それが細胞分裂ではなく、生殖行為による遺伝子の生き残りを図った生物の定めとはいえ、...
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孤独な営為

町村元衆議院議長が逝去されました。 70歳であったとか。 東大を出て通産省に入省し、その後政治家としてあまたの要職を歴任したパワー・エリートでした。 功成り名を遂げた人と言って良いかと思いますが、亡くなるときは呆気ないものです。 野垂れ死にする半端なヤクザ者も、功成り名を遂げた人も死を前にしては平等なのでしょうか。 もちろんパワー・エリートにはこれからたいそう立派な葬儀が行われるのでしょうが、それがなんだというのでしょう。 立派な墓に入ろうと、多くの人が悼もうと、無縁仏になった人と、何の変わりもありません。 死者が千の風になって吹き渡っているとは思いませんし、墓地や慰霊碑を大事にしてきたわが民族の死生観は尊重されるべきではあろうとは思いますが、人の死に接して、私にはいずれも生きている者の自己満足に過ぎないような気がして仕方ありません。 それは考えてみれば当然で、我々は死が如何なる事態か全く理解できないわけですから、現世を生きる者が想像可能な方法で死者を弔ったり、死後の世界に思いを馳せたりするほか何もできません。 うつ状態がひどい時、自殺願望を口にする私に、精神科医は、「何もしなくても、...
仕事

まつろわぬ者

私が3月まで所属していた部署の長は、滑稽なほど独裁者気取りでした。それに対し、絶対服従する者が少し、面倒だから服従しているような顔をして腹の中では笑っている者が大半、そしてごくわずか、私のように面と向かって反論する者がいます。  私はちょっと反論を試みただけで、わずか1年で他部署に異動になりました。 誠におめでたいことです。 その部署は、いつもいやぁな雰囲気が漂っています。 小さな組織の、さらに小さな部署で、わずかばかりの部下を相手に独裁者を気取るというその心理が全く理解不能です。 そこで見たことから、人間が小さな権力に服従していく心理とはいかなるものか、考えてみましたが、私自身が服従しなかったため、よく分かりません。  よく、どんな田舎に行っても総理大臣を批判する声は必ずあるが、村のボスの悪口を聞くことは稀だ、と言われます。 総理大臣という地位は庶民から見ると高すぎて、批判しようが賞賛しようが、自分に跳ね返ってくることは無いからでしょうね。 そしてまた、マスコミはさかんに権力者の悪口を書きますから、それに感化されたという側面もあるでしょう。 それに対し、村長だか、村を支配するヤクザの...
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