2016-02

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文学

性愛の文学

源氏物語の例をひくまでもなく、わが国において、というより世界において、恋愛あるいは性愛を描くのは文学の王道でした。 そして面白いことに、わが国の古典文学においては恋愛ということと性欲ということを分けて考えることはありませんでした。 また、男女間において、あるいは少年を愛する衆道において、愛する、という言葉を使うことはなく、通常は惚れるという言葉を使うことが多かったように思います。 それはすなわち、恋はあっても恋愛は無かったものと思われます。 明治に入ると、わが国における性的おおらかさは、庶民の風俗習慣はともかく、少なくとも文学の世界では性愛を描くことはタブー視されるようになりました。 森鴎外のヰタ・セクスアリスにおいても、性欲的生活を赤裸々に綴ると文頭で宣言しておきながら、まるでおのれの性欲を否定するようなエピソードばかり描かれ、まるで性欲を汚いものであるかのように感じさせます。ヰタ・セクスアリス (新潮文庫)森 鴎外新潮社 時代の制限なのでしょうか。 戦後にいたると、ほとんど性描写に終始している村上龍の限りなく透明に近いブルーなどがもてはやされ、これは大日本帝國の否定と同時に、性的な...
その他

インドカレー屋で一杯

昨夜は珍しく、同居人とインドカレーの店でビールとワインを飲みました。 カレーは頼まず、つまみに塩味のチキンであるマライティッカ、マトンと鳥の細長いつくねのようなタンドリーケバブ、お煎餅のようなパパド、サラダなどを楽しみ、最後はチョウミンという焼きそばで〆ました。 おおいに飲み、食いました。 今、同居人と私は同じ機関で働いており、概ね、朝夕一緒に車で通勤しています。 帰りの車中、同居人、嫌なことがあったらしく、怒り気味に愚痴をこぼし、「今日は飲みたい」、と言うので最近私たちの間でブームのカレー屋で一杯やったというわけです。 月曜日に外で飲むのは珍しいことで、それほど同居人の不快感は強かったということでしょう。 現金なもので、酒が入ってすっかり上機嫌になっていました。 私は毎晩酒を飲みますが、同居人は土曜日くらいしか飲みません。 酒の力は偉大ですねぇ。
仕事

ブルーマンデー症候群

日曜日の夜と月曜日の朝が憂鬱なのは、サラリーマンであれば誰でもそうでしょうが、それも度が過ぎるとブルーマンデー症候群と呼ばれる病的な状態になり、甚だしきにいたってはうつ病を発症し、起き上がれなくなってしまいます。 私ももちろん月曜日は憂鬱ですが、起きられないほどではなく、また、嫌々ながら出勤できていますから、正常の範囲なのかなという気はしています。 思い起こしてみれば、15年ほど前に在職していた機関は殺人的な忙しさで、深夜に及ぶ残業はもちろん、土日のサービス出勤も当たり前でした。 最長で35日間一日も休みなしと言うことさえありました。 あの頃は毎週きちんと土日が休めるなんて夢のようだと思っていましたっけ。 それが今、わりあい余裕のある職場に移ってみたら、月曜日から金曜日までの5日間の長いこと。 人間楽に慣れるのは早いものです。 でも本当のことを言うと、サラリーマン川柳にあった、一週間 気付けばいつも ブルーマンデー というのがぴったりくるような気がします。 働くということはどんな仕事であれしんどいもので、私一人が苦しいわけではないと言い聞かせてみたところで、私一人の憂鬱が緩和されるわけ...
その他

それにつけても

雲が多いながらお日様の暖かさを感じられる陽気に恵まれました。 脱衣所の電球が切れたので、千葉駅近くのヨドバシカメラに出かけました。 近所のスーパーでも電球は売っていますが、最新の家電や情報機器を冷やかそうと思ったのです。 ヨドバシカメラでお目当ての電球はすぐに見つかり、まずは購入。 冷蔵庫や洗濯機、テレビ、パソコンなどをぼんやりと見て回りました。 80型という巨大なテレビに190万円の値段がついていてびっくり。 しかも4Kとかで、じつに鮮やかな映像です。 我が家の32型のテレビとは大違い。 しかし90平米のマンションに80型のテレビを置いたら、おテレビ様みたいになって、あんまり不釣合いですし、第一190万円もの大金を払う気はさらさらありません。 パソコンはどんどん薄くなって、まさに日進月歩。 最近洗濯乾燥機の乾燥機能が弱くなっているような気がするので、洗濯乾燥機も市場調査しました。 けっこう高いんですねぇ。 でももう10年使っていますから、そろそろ駄目になるかもしれません。 それでなくても換気扇をつけると異音がするため、工事業者に見てもらったら部品が製造中止になっているとかで、買い替え...
文学

凶暴で美しい?

久しぶりにきつい小説を読みました。 最近芥川賞を受賞した本谷有希子の「生きてるだけで、愛。」です。 自意識過剰の若い女が登場する、恋愛劇の亜種みたいな話ですが、とにかく主人公の女が、嫌になるほどわがままで、情緒不安定です。 一昔前の、自意識過剰の私小説を彷彿とさせます。 カバーの帯には、凶暴で、美しいとかれていましたが、私には凶暴で醜いとしか思えませんでした。 葛飾北斎の富士と荒波の絵は、五千分の一秒のシャッタースピードで撮影した写真をトレースしたかのごとき一致を見ており、北斎と富士の関係を示唆するなど、印象的な文章はところどころに見受けられ、それは面白いのですが、あまりにエキセントリックな人物を主人公に据える場合、作者は一歩も二歩もひいて描写しなければ、読者はドン引きすると思います。 読んだかぎりの印象では、作者は主人公にのめりこんでいるように見受けられました。 この作品は芥川賞候補になったそうですが、私には近代文学の悪しき伝統である自意識過剰の神経症患者を描いた、古色蒼然とした作品としか感じられませんでした。 ただし、一気に読んでしまったので、読ませる力はあるのだろうと思います。 ...
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