2026-08-02

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文学

カフカ 俳句

カフカが定型詩であれ、自由律であれ、句作に精進したことはありません。 カフカは多くの印象的な警句を残しています、 それらを自由律俳句と捉えて遊ぼうとそたのが本書です。 それは思考の遊びもしくは冒険として誠に面白いものです。 カフカは「変身」や「城」など、名作を残しながら、生前は評価されなかった人で、厭世的な言葉を多く残しています。 ありとあらゆる理由から泣いた 眠っているうちに夢を見失った 静かに生きたいのではなく、静かに滅んでいきたい 真実は肉体の苦痛だけだ  人生はただ怖ろしい これらの句?。 40代半ばにして命を失った作家。 彼は常に死への親和性を保ち続けていました。 それは怖ろしいことであったろうと思います。 死にたい、でも死ねない、書きたい、でも売れない、人生に絶望する所以です。 はるか昔、私は大学でドイツ語の講義を取り、そのテキストはカフカの「城」でした。 「城」は、私に恐怖に近い感情を抱かせました。 今、ドイツから遠く離れた日本で、ドイツを代表するに至った作家の警句で遊ぶとは、なんと贅沢なことでしょう。 少しほろ苦いその遊びに、私も付きあってみたいと思うのです。
映画

90歳。何がめでたい

朝っぱらからネットフリックスで映画を観ました。  佐藤愛子のエッセイ「90歳。何がめでたい」をめぐる喜劇です。 佐藤愛子はすでに102歳で大往生をとげたとのことですが、90歳の頃、すでに断筆宣言をして隠居の身であったところ、やたらとしつこい編集者が日参してエッセイを書いてくれと拝み倒します。 仕方なく始めたエッセイ執筆ですが、ボロボロだった体調が少しづつ良くなっていきます。 作家は書くことで元気になるのだなぁと実感します。   最近、人生100年時代とか言いますね。 100年と言うのは少し大げさで、90年がやっとと言えるような気がします。 しかも90歳ともなるとあちこちガタがきて、健康でいられる人はごくわずか。 元気で生きられれば100歳までも生きたいですが、 呆けたり、体のあちこちが痛んだりするなら、80歳くらいであの世へ逝ったほうが良いように思います。 いずれにしろ定命は天の知るところ、人には分かりません。
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