文学

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新月

新月の夜は月が見えません。 しかし、太陽に隠れているだけで、確かにそこに在るのです。 それをもって、近頃では新月の願い事、というのが流行っているそうですね。 昨夜、貫井徳郎の長編、「新月譚」を読み終わりました。 ミステリー作家が描く、20年以上に及ぶ道ならぬ恋を描いた物語。 殺人事件は起きません。 女流作家、咲良玲花は、49歳で突如、筆を折ります。 人気絶頂の最中、なぜか? 中学生の頃から彼女の作品を愛読していた若手編集者が、誰にも明かされなかった彼女の創作の秘密と半生を聞かされます。 彼女の長い独白が、この小説の大半を占めます。 ブサイクで暗かった事務員が、小さな会社の社長と付き合うことにより、明るくなり、社長の気持ちを繋ぎ止めるために整形を繰り返し、この世の物とは思えない整った顔の美人に変身します。 さらには、才能があり、上昇志向の女性が好みだと聞いて、彼女は一生懸命小説執筆に励み、ついにはベストセラー作家となるのです。 社長が別の女と結婚しても、日陰の存在のまま、不倫関係を続けます。 しかし、社長が49歳のとき、42歳の妻が懐妊した頃から、何かが狂い始めます。 創作の動機が社長を...
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「ミノタウロス」あるいは単純な力

昨日、佐藤亜紀の「ミノタウロス」という小説を読み終わりました。 ロシア革命期の混乱を背景に、ウクライナ地方で殺人や盗みなど、悪の限りを尽くす少年と二人の仲間の物語です。 ミノタウロスとはギリシア神話に登場する、頭が牛、体が人間の怪物ですが、これは残虐と暴力の象徴と捉えるべきで、作品にそういう化け物が登場するわけではありません。 ミノタウロスの絵画です。 主人公はウクライナ地方の田舎地主の次男坊として生まれ、何不自由なく育ちます。 ドイツ語やフランス語も学び、お坊ちゃんらしく、どこかシニカルではありますが、特別乱暴な少年ではありません。 しかし、父親が亡くなり、続いて兄も自殺するにおよび、父親代わりとなった男を殺害し、無頼の旅に出ます。 時あたかもロシア革命の真っただ中。 私はロシア革命というのは、基本的に赤軍と白軍が真っ当に戦ったのだと思っていましたが、この小説に描かれているのは、赤白どちらに属していようと、おのれの利益のためには簡単に寝返る兵士、下手をすると正規軍以上の兵器を持ったヤクザ、ごろつき、一匹狼などが暗躍する混沌とした世界。 簡単に人を殺し、女を犯し、食糧や武器弾薬を強奪す...
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ちょっと今から仕事やめてくる

昨夜、「ちょっと今から仕事やめてくる」という小説を読みました。 軽い読み物といった趣で、すらすら読めました。 電撃小説大賞メディアワークス文庫賞というのを受賞したそうです。 印刷会社に勤め、営業に精を出す新入社員の苦しみを描いた作品で、なんとなく、身につまされました。 働く意味を考えつつも日々の激務に追われ、駅のホームから転落しそうになった主人公を助けたヤマモト。 ヤマモトは主人公の小学生時代の同級生を名乗りますが、主人公にはヤマモトの記憶がありません。 しかしヤマモトと酒を飲んだり休日を一緒に過ごしたりするうち、少しづつ元気を取りもどしていきます。 ミステリアスながら底抜けに明るいヤマモト。 それでも日々の激務や、営業同士の足の引っ張り合い、上司からのきつい叱責にしだいにおいこまれていきます。 サラリーマンならだれもが一度は通るしんどい道。 涙なしには読めません。 月曜日の朝は、死にたくなる。 火曜日の朝は、何も考えたくない。 水曜日の朝は、一番しんどい。 木曜日の朝は、少し楽になる。 金曜日の朝は、少し嬉しい。 土曜日の朝は、一番幸せ。 日曜日の朝は、少し幸せ。でも、明日を思うと一...
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美と恐怖

美と恐怖が分かちがたく結びついていることは、美の本質を探ってみれば、自明の理であろうと思います。 だからこそ、恐怖映画とか怪奇映画は、ロマンチックで美しいものとされてきました。 近年にいたり、即物的とも言うべき、血がドバドバ出たり、むやみに残虐シーンが多いホラー映画が生まれてから、美と恐怖の間に乖離がうまれたように誤解されるようになったように思います。 私はそうは思いません。 下品なホラー映画には、恐怖を感じません。 しかし上質なホラー映画は、恐怖とともに、うっとりするような映像美を描き出します。 つまり下品なホラー映画は美しも無ければ怖くも無いので、美と恐怖の融合など望むべくもないということです。 「シャイニング」しかり。シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン ジャック・ニコルソン,シェリー・デュバル,ダニー・ロイドワーナー・ホーム・ビデオ 「リング」しかり。リング 鈴木光司,高橋洋角川映画 「箪笥」しかり。箪笥 イム・スジョン,ムン・グニョン,ヨム・ジョンア,キム・ガプスアミューズソフトエンタテインメント 「ノスフェラトゥ」しかり。ノスフェラトゥ クラウス・キンスキー,イ...
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永遠

今日は梅雨寒。 最高気温は20度程度と、ずいぶん涼しく感じられます。 考えてみると、梅雨を詠んだ俳句というのは、あまり思いつきません。 俳句というと自然美に人情などをからめて詠む短い定型詩という印象が強いのではないでしょうか。 しかしあえて、この中途半端な梅雨の時季に、哲学的とも言うべき、永遠を感じさせる句を鑑賞してみたいと思います。 生きかはり 死にかはりして 打つ田かな 村上鬼城村上鬼城の世界松本 旭角川書店 この句は極めて分かりやすいながら、どこか不気味な感じが漂って、この俳人の持ち味がよく出ていると思います。 生きかはり死にかはりという句に、人間の営みの、命のサイクルとでも言うべき永遠性が感じられます。 じつにスケールの大きな句で、俳句というもののイメージをぶち壊すような破壊力を感じます。 百年後の 見知らぬ男 わが田打つ 齊藤美規白壽―齊藤美規句集 (今日の俳句叢書)斉藤美規角川書店 この句も、100年後という遠い未来に思いを馳せて、SF的な趣を醸し出しています。 100年後、私の職場が存続しているのかどうかさえ分かりませんが、まだ存在していたら、相も変わらずつまらぬ事務仕事...
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