思想・学問

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physical, mental, spiritual (肉体的、精神的、霊的)

世界保健機関(WHO)の健康の定義をたまたまみつけて、興味深く感じました。 Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 英語は苦手ですが、私なりに解釈すると、健康は、単に疾病または虚弱ではないということではなく、肉体的、精神的、霊的に完全で、且つ社会的に活発な状態です、といった意味になろうかと思います。 私が面白いと思ったのは、physical, mental, spiritual (肉体的、精神的、霊的)の部分です。 普通に考えると、肉体と精神が完全であれば健康なんじゃないの、と疑問に感じますが、WHOはあえて霊的、の一語を加えています。 恐らく、キリスト教徒が作った定義であろうと推測します。 すると霊的ということは、キリスト教を信仰し宗教的に充足している、という意味だと推測されます。 もちろん、WHOはキリスト教の組織ではありませんから、これを敷衍し...
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死んだらどこへ行くんだろうという素朴な疑問は、誰しも幼い頃持っていたのではないでしょうか。 それが成長するにつれ、正解がない問いだと知り、問うことそのものを止めてしまいます。 分からないことは考えないのが手っ取り早い逃げ道ですから。 縄文前期、広場があってその周りに竪穴式住居が建てられていたようですが、広場には、墓地がありました。 死してなお、死者たちは生者たちと同じ空間にとどまり、一緒に時を過ごしていたのですね。 縄文後期になると、お墓は集落の外に作られるようになり、死者と生者は別の場所で、それぞれ過ごすことになりました。 しかし日本人は、魂の不滅を信じていたようです。  翼なす  あり通ひつつ  見らめども  人こそ知らね  松は知るらむ 「万葉集」にみられる山上憶良の歌です。 有馬皇子の魂は鳥となって羽ばたいていることを人は知らないが、結びの松は知っているだろう、というような意かと思います。 旗の 小幡の上を 通ふとは 目には見れども 直にあはぬかも 「万葉集」の倭姫王が夫であった天智天皇をしのんで詠んだ歌です。 天智天皇が小幡の上を行き交う姿を詠んだ哀切なものです。 この時代...
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ヒ素

今日は天候が悪いせいか体が重く、起き上がることすら億劫で、休んでしまいました。 あらかじめ取っていた休暇と違い、なんとなく罪悪感がありますが、休むことに罪悪感を覚えるのも病気の症状だとリワークで習いました。 とにかくゆっくり休もうと思います。 新聞で、ヒ素を摂取して生きるバクテリアが発見されたと知りました。 ヒ素といえば猛毒。 リンというのが生命維持に必要不可欠な物質と考えられていたところ、このバクテリアはリンがない環境下でヒ素を摂取し、リンに置き換えていたとのことです。 この発見によって、想像もできない方法で生命維持をする未発見の生物や、地球外生命体が存在する可能性が出てきたということでしょう。 われわれ人間がこの世に在る不思議を思えば、何が存在したところで驚くに値しません。 折りしも生物多様性が叫ばれる昨今。 私たち人間はあらゆる生物と等価値であり、この世の王だとか神に似せられて作られたとか、神によって選ばれたとか、そういうたわ言はやめるべきでしょう。  ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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バグ

昨夜「ハート・ロッカー」を観ていて、つくづく思ったことがあります。 お前が悪い、というのが一神教徒の癖のようだ、ということです。 しかもキリスト教徒とイスラム教徒の戦いという、手に負えない石頭同士の争いであればなおさら。  ゆらぎがないというか、善悪二元論というか。 仏教や儒教をはじめとする東洋思想では、物事を相対的に見ようとしますね。 この世を作った神様だのアッラーだのを頑なに信じれば、どうしたってそれを信じない人が悪いことになり、現代民主主義社会が最も大切にする多様性を認めることから離れて行ってしまいます。 いわば一神教徒の脳は、バグを起こしたコンピュータのようなもの。 己一人が正しくて、違うものは教化するか滅ぼすか、そういう発想になってしまいます。  アフリカ、コートジボアールでは、フランスの植民地だったため、自らの言語を失い、今は誰もがフランス語で話しています。 コートジボアールの言語学者が、元々持っていたコートジボアールの文化や社会秩序を保つための装置と、フランス語という言語から受けた文化的影響とが齟齬を生じ、精緻に作られていた伝統的社会システムが破壊され、しかもフランス風の...
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お国訛り

私は就職と同時に東京から千葉に来たのですが、まず驚いたのは、房総弁というか千葉弁というか、千葉県独特の訛りです。 千葉県は東京都と隣接していますし、高校や大学には千葉から通っている友人がたくさんいて、みな、訛りはありませんでした。 しかし千葉市よりさらに東京から離れると、明らかな訛りがあるのです。 例えば、おっぺす。 なんだか分かりますでしょうか。 押す、という意味です。 あがっべおーはどうでしょう。 風呂などから上がりましょうという意味です。 語尾にだっぺをつけたり、だおーをつけたりします。 東京方言で語尾につけるところのねやさ、よに当たるものと思われます。 日本は狭いながら地方色が豊かで方言も色々です。 一時、共通語の普及が方言を駆逐するような言われ方をしましたが、むしろ今は、テレビタレントなどが出身地の方言を使うことで人気を博したり、バラエティー番組でさまざまな方言を取り上げたりして、方言は地域文化の代表というイメージがあります。 弘前大学の言語学者が全国をくまなく調べたところ、いつも共通語を使う人は11%、いつも方言を使う人は15%、残りの74%は場所や状況によって共通語と方言...
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