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貝の口

この前の日曜日は、お彼岸のお参りがてら、姪の私立中学合格のお祝いを持っていくため、実家に行きました。 母のリクエストに応え、着物姿で。  着物を着るのは苦労しました。「銀座もとじの男のきもの」という、着付けのDVDが付いた本を買い、それを見ながら四苦八苦してどうにか見られる状態にしました。 特に苦労したのは、貝の口と呼ばれるもっともポピュラーな帯の巻き方。 もっともポピュラーということは、おそらく比較的簡単で、それでいて粋に見えるのでしょうが、素人にはなかなかしんどいものでした。 よくもまぁ、こんな面倒くさい巻き方を考えたものだと感心すらしました。苦労の甲斐あって、私の着物姿の評判は上々。 わが一族は爽やかなお醤油顔を特徴としますので、着物が似合うのはいわば当然というわけです。 目下、DVDを見なくても貝の口が結べるよう、特訓中です。 先は長そうですが。銀座もとじの男のきもの (別冊家庭画報―きものサロンMOOK)泉二 弘明世界文化社にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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お祝い

今日は昨日と打って変わって家でごろごろしていました。 3連休だと、ずいぶん余裕があります。 明日は江戸川区の実家に姪の中学入学祝いを届けに行く予定。 子供の成長は早いものですねぇ。 子供がいれば、子供と一緒に親も成長できるのでしょうが、私には子供がいません。 いつまでも学生気分が抜けないのは困ったものです。 ずいぶん前、私が太っていた頃に母が誂えてくれた着物姿を初めて母に披露するの目的の一つ。 体が小さくなってしまったため、少々大きいですが、着物はゆったり着ても洋服ほどおかしくはないだろうと、気にせず着ていくつもりです。 でも、本当は今の体型で着物を仕立てたいものです。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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異次元

マレーシアの飛行機が失踪したまま破片一つみつからないのはまったくもって不可解です。  しかし、過去にも似たような事件が起きました。 例えば1979年のヴァリグ・ブラジル航空機遭難事故。 30年以上前の事故ですが、今も破片一つ見つかっていません。 異次元にでも行ってしまったのでしょうか? あるいは異星人に拉致された? いずれにしろ不思議です。 異星人といえば、かつて、MJ-12という組織が話題になりました。 12人からなる米国の秘密組織で、墜落したUFOから異星人の遺体を回収、あるいは生存する異星人を保護し、それらを調査するために立ち上げられた委員会で、世界を裏で操っているとか、異星人とコンタクトを取っているとか言われました。 ヨハネの黙示録との類似を指摘する向きもありましたね。 要するにオカルティックな与太話ですが、「未知との遭遇」や「ET」などの映画の題材になるなど、人々の下世話な好奇心をそそる面白い話でもあります。未知との遭遇 ファイナル・カット版 (1枚組) リチャード・ドレイファス,フランソワ・トリュフォー,テリー・ガーソニー・ピクチャーズエンタテインメント未知との遭遇 スペシ...
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3.11

今日はあの甚大な被害をもたらした東日本大震災からちょうど3年目の忘れられない日ですね。 私自身は、震災発生直後、電車がすべて止まり、15時過ぎに帰宅命令が出て、普段なら30分程度で帰れるところ、大渋滞が発生し、帰宅に6時間を要したという程度の、被害ともいえないながら、品物が無くなったスーパーやコンビニの光景とともに、日常というものの脆さを痛感させられました。 時を平穏に過ごすということがいかに貴重なことか、日本人すべてが感じたのではないでしょうか。 折しも昨夜、帰宅途中に車がパンクし、ディーラーが定休日だったことから、レッカーを呼んで一晩預かってもらい、今日ディーラーに持ち込んでもらうことになっています。 たったその程度のことで、私の精神は激しく動揺し、今日が3.11であることを思い出して、なんとなく、被災者の方々に恥ずかしいような、申し訳ないような、情けない気分を感じずにはいられません。 昨夜はセロクエルを飲み忘れてしまい、午前3時にぱっちりと目が覚めるという早朝覚醒に見舞われました。  やれやれと思いながら、テレビをつけても新聞を見ても、3.11の話ばかりですね。 3.11が私たち...
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涙雨

今日は一日、冷たい雨が降っていました。 昨日まではきれいな晴れ。 予報では明日からも晴れて冷えるようです。 時あたかも亡父の3回忌。 あの世から、亡父が涙雨を降らせたかのごとくです。 江戸川区の実家の寺院本堂で法要を営みました。 導師1人に加えて6人の坊主が法要を行いましたが、40人もの参列した坊主も合わせてお経を唱えるため、うるさいくらいの法要と相成りました。 法要の後はバス3台を仕立てて都内某ホテルに場所を移し、追悼の宴。 偉そうな坊主が何人か挨拶し、やっと酒にありつけました。 ホテルの料理は大したものではなく、半分以上残してしまいました。 私が不満なのは、追悼の宴なのに、ほとんど亡父の思い出を語る人がいなかったこと。 私は一人、亡父との思い出をしゃべりまくってやりました。 15時前には宴が終わり、3回忌は無事に終わりました。 また一つ、亡父との別れの儀式が終わってしまいました。 なんとなく残念です。 週末は亡父追悼のため、亡父がこよなく愛した浅草を散策し、亡父行きつけの店をいくつか冷やかしてみようかと思っています。 あの雪の日、父が今生に別れを告げてから、もう丸2年も経つのですね...
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