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不安的中

今朝、マンション管理組合の臨時理事会が開催されました。 趣旨は、1階の住民の方に、一階の駐車場を作業員詰所・事務所を設置するとともに、資材置き場としても使わせてもらいたい、というお願いをすること。 じつは4月の第1回の時にその話が管理会社から出た時、私は理事長にその日のうちに一階各戸を訪れ、まだ固まった案ではないが、このような話が出ているということと、話し合いの進捗状況を逐一報告するので、前向きに検討願いたい旨の一報を入れておくべきだと、理事長に進言しました。 しかし理事長は、まだ図面や具体的な使用法も決まっておらず、もしかしたら別のアパートなどを借りて事務所や作業員詰所とする可能性があるので、話が具体的になったら説明したい、と断りました。 私はなおも、それでは一階の方々が一番迷惑を被るのに、蚊帳の外において勝手に理事会が話を進めたということになり、心証を害する、と主張しましたが、理事長はまだ早い、の一本やり。 案の定、私の不安は的中し、貸す貸さないよりも、一階住人に事前の相談もなく、もうすぐ契約書を取り交わすという段階になってそんな話は寝耳に水で、誠意が感じられないと責められました。...
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夏至

今日は夏至ですねぇ。 一年で最も陽が長いということで、逆に言えば明日から少しづつ陽が短くなると思うと、なんだかさびしいような気がします。 精神障害を発症する前、私は太陽が嫌いでした。 特に夏の太陽が。 あまりに暴力的に感じられたのです。 わが国は太陽をデザインした国旗を持ち、太陽の帝国などと呼ばれてきましたが、じつは日本的美意識を象徴するのは、月。 そして花。 いわゆる花鳥風月ですね。 ここに太陽は登場してきません。 私もかつては月の優しくも冷たい光を好んでいましたが、精神障害発症以来、太陽、わけても午前中の強い陽射しを好むようになりました。 うつ状態がひどい時には、夕陽を見ると泣けてくるので、夕暮れ時が迫ると早々にカーテンを閉め、夕陽を見ないようにしていました。 今はそこまでではありませんが、やはり夕陽は苦手です。 24時間穏やかな陽光が降り注いでくれると嬉しいんですが。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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平々凡々

おっさんになると様々なことに納得し、仕方がない、と自分を慰めるようになるものだと、やっと気づきました。 ことに私の場合、ここ4年ばかりは安定しているとは言うものの、精神障害を抱えていますから、その再発を怖れ、いつも仕方ない、と自分を慰めています。 少年の頃、少年の夢や希望を詠う様々な作品に触れるたび、何も少年が誰しも野望を抱いているわけではない、と反発していましたが、40代も半ばになってみると、野望を抱くということ、切ないくらい若い者の特権なのだと痛感します。 よく言われることですが、失って初めて気付くということでしょう。 日々の雑事にかまけ、涙金のような安い給料をもらうために時間を費やす、子どももいないおっさんは、何を将来に夢見ればいいのでしょうね。 私が激しいうつ状態にある頃、精神科医は私の自殺願望が強いことを察知して、「人間というのは、何もしなくても、生きているだけで素晴らしい価値があるものなんですよ」と言いました。 しかし私はそれを聞いた時も、そして精神障害をほぼ克服した今も、医者の方便、すなわち嘘だと思っています。 生きているだけで価値があると信じることは、残念ながら身体・知...
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父の日

今日は父の日でしたね、 実家を出て以来、毎年、父の日には様々なプレゼントを届けてきました。 しかし昨年の3月に父が亡くなってから、2年続けて、私にとって父の日は、意味を失いました。 今はただ、父が残した膨大な蔵書から、父の精神的運動の跡をたどるだけです。 父の死から1年3か月を経てなお、私はあまりに巨大であった父の影響から逃れることができません。 全く、だらしない倅と言う他ありません。 父の蔵書を見ると、宗門で出世した父からは想像もできない書物が出てきます。 例えば西行法師や良寛の伝記や歌集。 宗門で出世の道をひた走りながら、乞食坊主のような行乞の生き方に憧れていたのでしょうか。 そんな父の葬儀は、あまりにも派手なものでした。 千人を超すような弔問客がひきもきらず、寺の中にいた私たち遺族が知らぬまま、外は長蛇の列だったようです。 私はそれを知り、静かに去って行きたかったであろう父が、哀れに思いました。 私はもちろん世俗の社会で出世などしていませんので、派手な葬式など考えられません。 それでもなお、私は乞食のように誰にも悼まれることなく、静かに逝きたいと思っています。 私はただ、父が残し...
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励ましの会

昨夜は私の仲人で元上司の方と、この上司と仲が良かった別の上司夫婦が、夫を亡くして意気消沈の母を励ますため、勝どきの某料亭で小さな宴を開いてくれました。 私は別々の部署で、この二人の上司の下で働き、つまらぬ管理職が多い中、この二人は男気にあふれており、深く尊敬しています。 1人は完全引退し、もう1人は某商社で気楽な立場で働いています。 料亭は36階にあり、窓からは東京スカイツリーと東京タワーが見える見事な夜景が楽しめました。 仲人はもちろん、もう1人の上司も両親を交えて酒を飲んだことがあり、母とは旧知の仲でした。 母は着物を着て現れ、全員にそれぞれのイメージに合わせた扇子を日本橋三越で買ってきて、プレゼントしてくれました。 亡き父の思い出話に花を咲かせ、一年三か月前の父の死を悼みました。 人はこうして近しい人の死を悼み、そして日々の雑事にかまけて死者を忘れ、やがては自分の死を迎えるのですね。 時の流れというもの、いかにも残酷なものです。 しかし人は、時の流れに逆らう術を持っていません。 一直線に死にむかって突き進み、その合間に仕事に精を出したり、趣味を楽しんだり、小さな旅に出掛けたりする...
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