その他 焦土作戦
1945年5月8日、ドイツは連合軍に敗れました。 しかしすでに多くのドイツ領土が連合軍の占領下にあったため、わが国におけるような明確な区切りとは、多くのドイツ国民はとらえていなかったようです。 それに先立つこと約一ヶ月半、1945年の3月19日、ヒトラーは恐るべき命令を下します。 すでに西方戦線も東方戦線もドイツ国内にまで侵入され、敗戦が近いと悟ったヒトラーは、国内のインフラ、工場などをすべて破壊するよう命令を発出したのです。 後に暴君ネロから、ネロ指令と呼ばれるようになったこの命令、忠実に履行されることはありませんでした。 ドイツの有能な国民はことごとく死に絶え、敗戦後のドイツを支配するのは強力な東方国家、ソビエト連邦であると考えたヒトラーは、第一次大戦でも第二次大戦でも大敗を喫したドイツ国家は生き残る資格はなく、いっそ全土を焦土と化して占領後の連合国を苦しめようと考えた模様です。 国家そのものが滅亡すると考えたのでしょうね。 しかし、戦後処理や戦後の復興を考えた軍需相のシュペーアは意図的にこの命令を実行せず、一種のサボタージュを決め込んで、わずかに残されたドイツのインフラや工場を残...