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大麻

米国ワシントン州が、このほど21歳以上の者を対象に、大麻の所持、嗜好品としての使用を合法化したそうです。 オランダなど一部の国では、大麻は合法とされてきました。 たしかに大麻で逮捕された芸能人などは、覚醒剤で逮捕された人よりはるかに再犯率が低いように感じます。 習慣性が低いんでしょうねぇ。 人によっては大麻は酒よりも習慣性が低く、体への影響もさほど悪くない、と言っていますね。 私はもちろん大麻など吸ったことはありませんので、実際のところどうなのかよくわかりません。 でもワシントン州で合法化されたと聞くと、試してみたくなるのが人情です。 もしかしたらワシントン州に大麻目当ての観光客が押し寄せるかもしれませんね。 中国などでは大麻と言えども売買すれば死刑になります。 実際に日本人の密売人が処刑されたことがありました。 イスラム教は飲酒を固く禁じていますが、もし飲んじゃったらどういう罪に問われるのでしょうね。 それと豚肉。 吉村作治はエジプト人女性と結婚して自らもイスラム教に改宗しましたが、あるときどうしてもチャーシューメンが食いたくなってこっそり食いに行ったことがばれて、奥様は激怒して離婚...
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冬の日本旅行

最近わが国を訪れるタイ人観光客が増えているそうですね。 しかもなぜか、冬場。 人気は東京と北海道を訪れるツアーだそうです。 タイはそもそも夏と真夏しかない暑い国なので、逆に寒い冬や北海道の雪景色に憧れるようです。 数年前から、台湾でも冬場に日本を訪れる観光客が急増しています。 こちらも暑い地域ですね。 そして両方とも、街には日本車や日本製のバイクが走り回り、家庭では日本製の家電に囲まれ、テレビをつければ日本のアニメが放送されているお土地柄。 もともとわが国に憧れる人々が多かったのでしょうね。 私は学生時代、二週間ほどタイを旅行しました。 暑いのには辟易しましたが、微笑みの国と言われるだけあって、小柄で感じの良い人たちが多かったようにかんじました。 意外なことに食い物もなかなかいけるのですよねぇ。 ただ、街娼がたくさんいて、やたらと声をかけてくるのと、射撃場で本物の鉄砲を撃たないか、と声をかけてくる怪しいおじさんや大麻などを売りつけようとする輩がいっぱいいて、この国の裏を見た思いがしました。 世界の都市で外国からの旅行者の満足度を調査したところ、ニューヨークでもなく、パリでもなく、東京が...
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中村勘三郎、死去

中村勘三郎が亡くなったとのニュースが飛び込んできました。 まだ57歳。 歌舞伎役者としてはまだまだこれから、という油の乗り切った年齢だけに、残念でなりません。  私が初めて彼の歌舞伎を観たのはもう20年も前のこと。歌舞伎座の三階席から鑑賞した覚えがあります。  まだ中村勘九郎を名乗っていた時のことでした。 演目は「俊寛」。 くどい芝居に辟易した覚えがあります。 平成中村座を立ち上げて米国での公演に成功するなど、歌舞伎馬鹿的な感じが漂う役者でしたね。 ただ、色気には欠けていたように思います。 もうお年ですが、私の贔屓は尾上菊五郎でしょうかねぇ。 市川団十郎とコンビを組んで団菊祭なんて公演を行っていますが、あれが当代随一の公演でしょう。 中村勘三郎、気風が良くて喧嘩っ早い、江戸っ子を地でいくような人でしたが、もったいないことに声がよくありませんでしたね。 長生きすればもっと枯れた味わいが出て良い役者になったであろうのに、じつに残念です。 ご冥福をお祈りします。にほんブログ村芸術・人文 ブログランキングへ
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本葬

昨日、亡父の本葬が盛大に執り行われました。 大導師に池上本門寺の貫主猊下をお迎えし、導師に2名の高僧を迎え、その他6名の坊主により行われ、それは華やかなものでした。 列席の100名もの坊主も貫主猊下の読経に合わせて声を張り上げ、我々坊主業界以外の道に進んだ親族は、なんだかいたたまれないような感じでした。 13時から始まった法要は弔辞、兄による謝辞も含め、90分にも及びました。 その後バスやハイヤーを大量に仕立てて赤坂のホテル・ニューオータニに移動。 父と母が結婚披露宴を行ったという因縁の宴会場で、追悼会とあいなりました。 献杯まで次から次へと日蓮宗の高僧があいさつを述べ、酒にありつけるまで1時間以上を要しました。 参っちゃいましたね。 その後会食。 でも会食が始まった頃には、なんだか疲れてしまいました。 酒を喰らっては料理を平らげる坊さんたちの旺盛な生命力は、時折私を疲れさせます。 私にもそんな生命力が欲しいものです。 久しぶりに会う親戚たちは私の痩せぶりに目を見張り、病気じゃないかと心配してくれましたが、私にしてみれば若い頃の体重に戻っただけのこと。 別にどうということはありまえせん...
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後世

今日は休暇をとりました。 以前から何度も書いているとおり、亡父の本葬のためです。 しかし亡くなったのが3月5日で、密葬と称する盛大な葬儀を出しておきながら、今頃本葬というのは、一般的にはあり得ないでしょうねぇ。 実家ながら坊さんの世界の習慣はよくわかりません。 実家での葬儀が13時からで、赤坂のホテル・ニューオータニでの追悼の宴会が16時半から。 実家には12時半頃着けばよいかなと思っていましたが、着付けのおねぇさんを呼んでいるとかで、親類は実家で着付けをするようです。 同居人もそうしたいとかで、かなり早く行かなければなりませんねぇ。 11時前には到着したいところです。 いよいよ亡父の遺骨も冷たい石の下へと入れられ、個人史は終わり、寺の歴史となるのですねぇ。 亡父は開山上人から数えて45世。 開山上人はもとは天台宗の坊さんでしたが、日蓮上人の話を聞き、日蓮宗へと転じて浅草に寺を開山したと伝えられます。 その後寺は現在の江戸川区に移転。 江戸へ農作物を供給する農村の寺として、地域とともに発展してきました。 亡父も保護司やらPTA会長やら、柄にも無く地域の仕事を引き受けていましたっけ。 寺...
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