社会・政治

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セクハラ

某警察署の副署長が部下の女性警官にセクシャル・ハラスメントを繰り返したとかで、更迭され、今処分を待っているところだそうです。 しかも笑っちゃうことに、この副署長、性犯罪対策室長をやっていたこともあるとか。 処分を検討中のため、具体的にどういう言動があったのかは明らかにできないそうです。 セクハラというのは難しいですね。 「髪型変えた?」とか、「太った?」とか「元気ないね」とか、「綺麗だね」とかいうのも時と場合によってセクハラに認定される可能性があるそうです。 日常の挨拶程度にも思えますが、男が女に、あるいは女が男に言った場合問題あるんでしょうか。 そういえばリワークに来ていた好青年は、職場の男性上司からセクハラを受けて適応障害を発症したと言っていました。 男同士でも、精神に不具合を来すようなセクハラがあり得るのですねぇ。 私はセクハラよりももっと露骨な痴漢にあったことがありますが、あれはもう25年も前、高校生のころです。 満員電車や映画館で、何度か同性愛のおっさんに痴漢されました。 あれはいやなものです。 ぐっと時間がくだって、平成18年12月から平成19年7月にかけて上司からパワー・...
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チャーチル? チェンバレン?

菅総理をチャーチル英元首相と比較する論を最近目にしました。 方やナチや日本軍との激しい戦いを勝利に導いた偉大な指導者。 また一方、未曽有の天災に原発事故まで重なって、危機的状況での指導者。 危機的状況での指導者という意味では同じですが、支持率が圧倒的に違います。 菅政権の支持率は少し上がって30%ていど。 戦時中、チャーチルの支持率は90%近くもありました。 国民からの支持がなければ、なかなか困難な復興事業を軌道に乗せることは難しいのではないでしょうか。 また、チャーチルは常に余裕の笑みを絶やさず、Vサインを頻発してVictoryへの意思を明確にし続けました。 しかるに菅総理は、困難に立ち向かう孤独な指導者を演じているかのごとく、自己憐憫と自己陶酔で感傷的になっているように感じられます。 危機にあたって指導者に最も求められるのは、理性と強い意志でしょう。 そういう意味で、菅総理はむしろナチに対して宥和政策をとり、ナチを増長させた平和主義者のチェンバレンに似ているのではないでしょうか。 震災早々被災地にでかけていったり、東京電力で幹部を怒鳴りつけたり、どうしていいかわからない、という菅総...
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大連立

近頃自民党も民主党も大連立に浮足立っていますね。 自民党は未曽有の震災に伴う大規模復興事業に手をつけたくて仕方がない模様。 民主党は政権基盤が盤石になるうえ、復興に失敗しても自民党との共同責任になるから上策だと考えている節があります。 いやな感じですねぇ。 この被害を目前にして党の利益をそろばん勘定してほくそ笑んでいる図というのは不気味な感じがします。 私としては、自民党は閣内に入ることは止したほうが良いと思います。 根本的な思想が違うのに、震災復興だけに特化して大臣を送り込んでも、それはあくまで菅内閣の一員なわけで、内閣の意思に従わなければならなくなります。 そうすると大連立自体が早晩崩壊し、ますます政治は混乱するものと予測します。 ただ、物事をスピーディーに決めていくことが、今とくに求められていますので、閣外協力という形で、復興に必要な法案や予算関連法案に協力することがよろしいのではないでしょうか。 面白いのは小沢一郎議員の一派が大連立に反対しているらしいことです。 大連立ということになれば、当然、菅内閣が延命するわけで、一刻も早く菅内閣を引きずり降ろしたかった小沢議員一派は悔しく...
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絶対ないとは絶対言うな

今朝の新聞に、防衛大学校の名誉教授が面白いことを書いていました。 危機にあたって、二次災害、三次災害、あるいはまったく別の危機が絶対ないとは絶対に言うな、と。 この期に乗じて北朝鮮や中露が不穏な動きをするやもしれず、明日東海大地震が起きるやもしれず、乱に当たって別の乱を忘れるな、ということのようです。 しかし今、政権も自民党もこの震災にかかわることにあまりにも前のめりになっているように感じます。 政権の仕事はたくさんあり、震災対策だけではありません。 総大将が余裕を失うと、ただでさえ鈍い頭脳の働きがますます鈍り、敵より怖い無能な大将になってしまいます。 その片鱗は感情的な演説や、官僚や東電社員を怒鳴りつけたりといった感情を露わにする行動に見られます。 まずは風呂に入ってゆっくり睡眠をとり、クリアな頭で冷静に、感情的にならずに各種指示を飛ばしてほしいものです。 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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少年三人の死刑

1994年に次々と四人の男性を殺害した当時少年三人の死刑が確定しましたね。 私は死刑制度はいずれ廃止すべきものと考えていますが、現時点で最高刑が死刑である以上、司法に携わる者は、死刑を選択しなければならない事件であった場合、死刑を選択することを躊躇してはいけないでしょう。 また行政は、判決が確定されたなら、速やかに刑を執行すべきでしょう。 それが法治国家というものです。 生きている者は強いな、と思うのは、三人は深く反省し、ある者は写経にはげみ、またある者はキリスト教徒となり、日々祈りを捧げている、という事実です。 犯行当時少年で、場当たり的に殺人を犯したこと、逮捕後は深く反省していることをもって、減刑を願う人も多いと聞いています。 生きていれば、犯罪者憎しの世論も変化し、生かしておいて終生反省させるべきだ、という意見が出てきます。 しかし理不尽に殺された人々は、死人に口なしとばかり、忘却の彼方に忘れ去られようとしています。 人間社会を秩序あるものとして維持し続けるには、国家権力が犯罪者を隔離したり殺害したりしなければなりません。 誠に悲しいことですが、いつの時代も、犯罪がなくなったこと...
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