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社会・政治

安保法制ー尻尾を振る犬ー

昨日の参議院安保法制特別委員会、国会議員の先生方は無様な姿をさらしていましたね。 採決を行おうとする委員長を十重二十重に取り囲み、半ばつかみかかろうとするとは、言論の府であるべき国会も地に落ちたものです。 ことの賛否はともかく、あのような行動に出たところで、何も変わりはしません。 安保法制を戦争法案と決めつけてデモで遊んでいる人々の姿が連日映し出されています。 お暇そうで結構なことです。 今回の法案はけっこう複雑で、10本くらいの法案やら改正やらがあって、単純に戦争法案などと決めつけることは適当ではないでしょうね。 今まで認められていなかった集団的自衛権を認めることが柱のようですが、私はかねてから不思議に思っていました。 すなわち、米国と軍事同盟を結び、在日米軍基地を多数抱え、米国との共同防衛を国防の柱に掲げておきながら、集団的自衛権を認めないというのでは、現実と法解釈があまりに乖離していると感じていたのです。 わが国はわりと法律よりも現実重視のところがあって、過去、現実に合わせて解釈改憲を積み重ね、ほとんど憲法9条はあってなきがごとくです。 今さら「9条守れ」と声を張り上げるとは、私...
文学

蕎麦

今年は猛暑と言われましたが、8月の終わりから涼しくなり、その後長雨が続き、すっかり秋の気配です。 今日もひどい雨。 シルバー・ウィークは晴れる予報ですが、この調子では分りません。 涼しくなると、酒の味が一段と上がり、つまみの味も良いようで、酒が進んで困ります。 飯も麺類も旨く感じられます。 秋雨や 蕎麦をゆでたる 湯の匂 夏目漱石の句です。漱石俳句集 (岩波文庫)坪内 稔典岩波書店 昼餉でしょうか、あるいは晩、酒の上りでしょうか、秋雨の中、蕎麦をゆでる香りが食欲をそそられるようで、つい、蕎麦が食いたくなります。 現代ではラーメンの旨い店を特集するメディアが多いようですが、江戸時代にはもっぱら蕎麦番付が流行ったようです。 江戸っ子は江戸前鮨と並んで、蕎麦を愛したのですねぇ。 今宵、晩酌の上りには蕎麦を茹でましょうか。 あるいは、蕎麦屋で一杯やった後、ざるでも食いましょうか。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
文学

沈黙のひと

昨夜、小池真理子の長編「沈黙のひと」を読了しました。沈黙のひと (文春文庫)小池 真理子文藝春秋 小池真理子というと、わりと色っぽい小説が多いイメージですが、今作は老いさらばえて死んでいった父親を恋う娘の物語でした。 50代、独身、バツ1、編集者の娘。 この娘が幼い頃、父親はよそに女を作り、妻子を捨てたのでした。 そうでありながら、定期的に棄てたはずの妻と娘に会いに来る不思議な男。 元妻も、当たり前のように受け入れるのです。 父親は新しい妻との間に二人の娘をつくり、そのうえ浮気もする、女にだらしない男です。 物語は父親が亡くなって後、異母妹らと遺品整理をするところから始まります。 そこで、娘は古くなって動かない父親愛用のワープロを持ち帰ります。 パーキンソン病を患い、言葉を発することが出来なくなった父は、ワープロを駆使して手紙を書いたり日記のようなメモを残したりします。 娘はワープロに残されたデータを復原し、在りし日の父の思いを知ろうとするのです。 やがて父親の病状は進み、キイ・ボードを叩く力すら失い、文字盤の文字を示すことすら手が震えて不可能になり、沈黙のなか、最後の日々を過ごすので...
その他

衰える

横綱、白鳳が初日から2連敗して休場することになったそうですね。 北の湖にしても、千代の富士にしても、貴乃花にしても、大横綱と呼ばれた人々といえど、衰え始めると呆気ないほど早く引退に追い込まれるものです。 白鳳は歴代横綱のなかでもダントツの優勝回数を誇り、目標喪失のような状態で、気力を維持するのは難しいでしょう。 気力が萎えると力が出ないのも理の当然。 「平家物語」の冒頭の一節、盛者必衰の理をあらわす、という文句を思い出します。平家物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)角川書店角川書店 野球にしてもサッカーにしてもボクシングにしても、どれだけ活躍し、強かった人も、加齢により、衰えていきます。 政治家をみていても、我が世の春を謳歌した竹下登も呆気なく逝ってしまいましたし、90代後半で、今も時折テレビで見かける中曽根康弘もすっかり衰えました。 アスリートや政治家がそうかどうかは異論のあることと思いますが、俳優などは、衰え行く姿をさらすこともまた、重要な役割なのではないかと思います。 身近なところでは、祖父母や両親が子や孫に衰え行く姿を見せることで、人は必ず死ぬこと、死に際しては...
文学

刑死の明日に、迫る夜温(ぬく)し

私が一貫して死刑制度廃止を願っていることは、このブログに何度も書きました。 なんとなれば、この世に生きとし生ける者は、死から逃れる術を持たず、すべての生き物が死刑囚とも言え、いずれ来る死を早めることが刑罰になるとは思えないからです。 まして宅間守のように早期の死刑執行を望んでいる者を殺してしまうのは、本人の希望を叶えてやることになります。 それよりは、終身獄中に置いて、反省と贖罪を促すことが、刑罰として相応しいと思えてなりません。 死刑囚の中には、永山則夫のように、獄中で小説を書いて豊かな文学的才能を発揮した者もいます。無知の涙 (河出文庫)永山則夫河出書房新社 彼が日本ペンクラブに入会したいと言い出した時、ペンクラブは喧々諤々の騒ぎになり、結局入会を認めませんでしたね。 文学者の集まりと雖も社会を構成する団体である以上、犯罪者を入れることは出来ない、という意見と、文学は人間の恥部や悪をも描くものであり、犯罪者だからと言って入会を認めなければ、文学の死を意味するという意見が激しく対立したことを覚えています。 それはさておき。 死刑囚の歌人に、島秋人と言う人がいます。 強盗殺人の罪により...
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