今まで、うつ病患者は、病気が治るまで、辞職や離婚など重大な決断をしてはいけないとされてきました。
うつ状態にあっては正常な判断ができないからです。
私はうつ病発症二カ月後に職場に辞意を告げましたが慰留されて思いとどまり、おかげで今も仕事を続けられています。
うつ状態で重大な判断をしてはならないとは、全くそのとおりだと考えてきました。
しかし最近、うつ状態に関して今までとは違った見方をする学者が表れました。
バージニア大学のAndy Thomson氏とバージニア・コモンウェルス大学のPaul Andrews氏です。
二人は、うつ状態の人がある出来事を繰り返し反芻し、考え続けることに注目しました。
例えば離婚が原因でうつ状態になった人であれば、あんなひどいことを言わなければ良かった、とか軽はずみな浮気なんかしなければ良かった、とかもっと家事に協力すればよかった、とか、うじうじぐじぐじ考え続けます。
これまでの精神医学では、これをうつ状態を強化することになるので、頭がぼんやりする薬などを与えて、考えないようにさせてきました。
それをAndy Thomson氏とPaul Andrews氏は、危機的状況を反芻することで自分がおかれた社会的立場や、有効な解決方法を見出すよう脳が指令を送ってうつ状態にしているのではないか、というのです。
例えばうつ状態にある人々と健康な人々にある心理実験を行った結果、明らかにうつ状態にある人のほうがコンピュータがはじき出した最適な方法を見つけ出し、健常な人々はあまり深く考えずに結論をだし、最適な方法を見つけ出した者は皆無だったというのです。
それは類似した実験を何度繰り返しても同じ結果だったと言います。
そこから二人は、悲しみは、要求度の高い状況に最も対処しやすい情報処理戦略を発達させる、という結論を導きました。
しかし仮にその説が正しいとすると、うつ病患者の多くはなぜ自殺を試みるのでしょうね。
また、寝てばっかりで何もする気が起きないのはなぜでしょうね。
経験的に私が感じるのは、上の実験でうつ状態にある人、とされているのは極めて軽度の、という形容詞がつくんじゃないかと思います。
極めて軽度のうつ状態であれば、くよくよ考えることがかえって慎重で良い決断を生むことが有りうることは容易に想像がつきます。
しかし起き上がるのも面倒、風呂に入るのも面倒、飯を食うことさえ面倒というような状態にあって、心理実験などに参加できるとは思えません。
この仮説は極めて興味深いものであり、うつ病患者を勇気づけることになるかもしれませんが、同時にうつ病患者の困難な状況を曖昧にしてしまう恐れがあります。
つまり、この仮説がまかり通れば、うつ病患者に対し、脳が試練を与えてるんだ、とか、この人なら慎重に検討して適切な結論を出してくれるとか、誤ったメッセージを世間に与えかねません。
基本的には自殺率の高い危険な病気であり、抗うつ剤・抗不安薬・睡眠薬の三点セットを服用し、休養をとることが重要で、副次的な効果として落ち込むことが良い意見を生むとしても、それを声高に主張することは避けなければなりません。