フクロウ

文学

 私はどういうわけか、幼いころからフクロウとダルマが好きでした。
 毎朝、靴を履くにはてっぺんにフクロウをかたどった木彫りの靴べらを使っています。知床の民芸品店で12年も前に購入したものです。
 
 フクロウというと、俳句では冬の季語ですが、フクロウに姿も声も似た青葉木莵(あおばずく)という渡り鳥が夏の季語になっています。インドのほうからはるばる日本にやってくる、運動好きの鳥です。

 
青葉木莵 おのれ恃め(たのめ)と 高処(たかどころ)  

 という句が詠まれています。
文挟夫佐恵(ふばさみふさえ)という変わった名前の俳人の手による句です。

 フクロウの類の鳥は、どこか哲学的な、おのれの道を独り歩む雰囲気があって、上の句は、
青葉木莵のようにただ独り歩め、と励まし、叱っているような感じで、暑い暑いと不満ばかりたれている私などは、緊張を強いられます。

 また、

 
病むも独り 癒ゆるも独り  青葉木莵

 という句は如何でしょう?
 
こちらは中嶋秀子の句です。

 
やはりこちらもどこか孤独を感じさせます。
 夏の暑苦しい病床で青葉木莵の鳴き声に耳を傾け、病者の痛みを独り耐えている、といった感じでしょうか。
 
 フクロウもダルマも、孤高を生き、幼い私の心にこの世の真実を告げようとしていたのでしょうか?