他者実現

思想・学問

 今朝、新聞のコラムで他者実現という言葉を知りました。

 自己実現という言葉は、現代日本社会では人生の最終的な目標のように考えられ、これは留保なく良いこととされているようです。

至高体験―自己実現のための心理学 (河出文庫)
Colin Wilson,由良 君美,四方田 犬彦
河出書房新社

 しかしコラムでは、自己実現は戦後民主主義が作り出した偽の偶像ともいうべきで、おのれの欲望を満たそうとする営為に他ならない、と切り捨てられていました。

 欲望である以上際限が無いのは当たり前で、ある段階を実現できればさらに次の段階と、まるで過食症の患者が大飯を喰らっては嘔吐し、さらに大飯を食い続けるという、永遠に終わらない欲望の連鎖だと言うのです。

 これに対し、他者実現というのは、分かりやすく言えば他人の自己実現を第一に考えることで、愛の行為とされているとか。

 早くも昭和18年には、波多野精一という哲学者の「時と永遠」に提唱されているそうです。

時と永遠 他八篇 (岩波文庫)
波多野 精一
岩波書店

 これは個人主義から派生した自己実現とは対極にあるもので、東洋哲学を倫理のバック・ボーンに持つ私たち日本人には、素直に腹に落ちる考えのように思われ、なんとなく安心感を覚えます。

 コラムでは、朝日新聞の凋落に象徴される、戦後わが国に入ってきた考え方、戦後民主主義という言葉に象徴されるものどもの崩壊により、日本人が日本人たる所以のものが、表に現れてきたのではないか、と推論していました。

 個人主義及び自己実現という概念にどっぷり浸かり、ゆえに私たちはどこか居心地の悪い感じというか、不安感を持ち続けてきたように思います。

 ここはひとつ、異国の長所を採ることよりも、わが国の美点に立ち返る必要があるように思えてなりません。

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