元死刑囚

社会・政治

 飛行機を爆破した卑劣なテロリスト、金元死刑囚が来日しているそうですね。

 大量虐殺の実行犯がどの面下げて乗りこんでくるのかと思ったら、まるで平気の平左でした。
 犠牲者の人数や、事件の影響の大きさ、組織性、計画性などを考慮して、司法は死刑を選択したわけですが、政治的判断で死刑を免れるどころか、刑務所からも出てしまいました。
 やったもん勝ちですね。
 死刑を回避するにしても、せめて一生刑務所に閉じ込めて、社会的に抹殺してほしかった。

 そういえば日本のテロリスト、あさま山荘事件で死刑が確定した坂口弘と永田洋子はいつまでたっても刑が執行されませんね。年くって死ぬのを待っているかのごとくです。
 同じように、麻原彰晃も死刑は執行されないんじゃないでしょうか。殉教者になったら困りますから。
 今麻原はオムツをしているそうです。おかしくなったか、おかしくなったふりをしているか、どっちかでしょう。霊感があるそうですから、夜な夜な犠牲者の霊に怯えているのかもしれませんね。

 テロというのは多分大昔からあったんでしょうが、テロリズムという概念が普及したのは、フランス革命のとき、革命派が反革命派を大量虐殺したことに始まります。
 その後、ロシア革命のときに赤色テロだとか白色テロだとかが流行って、後のナチズムやファシズムもテロリズムへの親和性がありますね。ナチの長いナイフの夜は、総統とただ一人、おれ、お前と呼び合う仲だったレーム突撃隊長を射殺したのを始め、多くのヒトラーに批判的なナチ党員を惨殺した、という凄惨なものでした。
 これは小説になっていて、なかなか迫力があります。ナチ前期、幹部がどんな政権を目指そうとしたのかがわかります。
 また、この事件を聞いたスターリンは、ヒトラーを誉めそやしたそうです。目指すべき政権のお手本だ、と。
 その両政権が死闘を繰り広げた様は、まるで近親憎悪のごとくです。
 
 日本でも、古くは大化の改新、実朝暗殺、忠臣蔵に新撰組と、テロという概念がない時代から、テロはありました。

 今はもっぱらイスラム過激派と北朝鮮がテロの2大スターですね。

 国家間の戦争と違い、社会に衝撃を与えることを目的としていることが多いので、防ぐのが極めて困難です。
 この困難な敵に、戦時国際法を遵守して立ち向かおうというのは、あまりにも無理があります。
 結局地元住民の誰もがゲリラに見えて、南京やソンミ村のような大虐殺が起こるのは、必至です。

 私は、テロ対策の妙案を持ちません。
 多分この世の中に、真に有効なテロ対策なんてないんじゃないでしょうか。
 せいぜい対症療法がやっとです。

 ああ、恐ろしや。


長いナイフの夜 (集英社文庫)
金森 誠也
集英社