共感覚というものをご存知でしょうか。
通常の感覚の他に、別の感覚を感じてしまうことです。
例えば文字に色がついて見えたり、絵を観ると音楽が聞こえたり、食感に形を感じたりすることで、これは極めて鮮烈に感じるそうです。
多くは子どもの頃に自分は他人とは違う感覚を有しているらしい、と気付き、隠そうとする、とのことです。
精神疾患や知的障害と異なり、日常生活に不便は感じないため、障害とは見なされず、病院を訪れる者はまれだということです。
卑近な例でいえば、女性たちの声援を黄色い声などと呼びますが、共感覚者は比喩的にではなく、実際の知覚として、その声を聞くと黄色が見えてしまう、ということです。
有名人では、宮沢賢治や、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アルチュール・ランボーなどが知られています。
ランボーに「母音」というソネットがあります。
A は黒、E は白、 I は赤、U は緑、O はブルー
母音たちよ、何時の日か汝らの出生の秘密を語ろう
A は黒いコルセット、悪臭に誘われて飛び回る
銀蝿が群がって毛むくじゃら そのさまは深淵の入江のようだ
E は靄と天幕の爛漫さ、とがった氷の槍
白衣の王者、震えるオンベルの花
I は緋色、吐いた血の色、怒り或は陶酔のうちに
改悛する人の美しい唇の笑み
U は周期、碧の海の高貴な脈動
獣の休らう牧場の平和 錬金術師の
学究の額にきざまれた皴の平和
O は至高のラッパ 甲高く奇しき響き
地上と天空を貫く沈黙
あの目の紫色の光 おお、オメガよ!
これは何かを象徴しているのではなく、ランボーにはそう見えていた、と考えるべきだそうです。
この詩は「ミラボー橋の下をセーヌが流れ」というフランス詩の入門書のような本に掲載されています。
これを題材にしたサスペンス「ギミー・ヘブン」を昨夜鑑賞しました。
共感覚者で闇サイトを運営して暴利をむさぼるアウトロー。
両親を亡くし、養女にいくたびに養父母が殺人事件に巻き込まれる女子高生。
ピカソを名乗るゲームソフトの開発者。
闇サイトの利益の50%を巻き上げるやくざ。
殺人と共感覚に接点を見出し、捜査に夢中になる女警部。
いずれ劣らぬ怪しげな人物たちが、奇妙にうごめきます。
共感覚者のアウトローは、全く同じ感覚を持つ共感覚者との出会いを切望しています。
共感覚者といっても、人それぞれ、感じる世界は異なっているからです。
アウトローの、世界を共有する人物がどこにもいない、という絶望的なまでの孤独感。
アウトローは、ピカソがその人かもしれない、と考えます。
結果は意外な人物でした。
その人物とアウトローは、雨をガーベラと感じます。
ガーベラの雨に打たれながら、片方が「銀のスプーンは?」、と問えば、もう片方は「たんぽぽ」と応え、互いの感覚が一致していることを確認して幸福にひたります。
二人は生まれて初めて、自分と同じ感覚を持つ他者と出会ったのです。
ガーベラがふり続けるシーンはじつに印象的で、美しいものでした。
このシーンをとるために制作された映画といっても過言ではありません。ガーベラです。
しかしなぜか、映画全体に緊張感がありません。
江口洋介・松田龍平・石田ゆり子・宮崎あおい・小島聖、といった芸達者な俳優をそろえておきながらこの弛緩ぶりは、監督の罪とさえ言えます。
おそらく、耽美的な文芸映画を撮りたかったのか、共感覚という魅力的な題材を武器にした本格サスペンスを撮りたかったのか判然とせず、中途半端に終わってしまったことが原因でしょう。
私としては、文芸映画としてのスタンスを明確に打ち出すべきだったと思います。
題材が面白く、キャストも豪華だっただけに残念です。
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窪田 般弥 | |
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