冬の日

文学

   凍てつくような曇り空が広がっています。

 冬の訪れは急激で、私の精神を冒すためのようにも思われます。
 それでも私は、私のたましいを守らなければなりません。
 長い精神障害の末に、どんな病気であれ、家族も医者もあてにはならぬ、あてになるのはおのれ一人だと知ったからです。

 西脇順三郎「近代の寓話」という詩集があります。
 現代詩を好まない私ですが、この詩集に収められた「冬の日」という詩は、私のたましいの琴線にふれるようです。

或る荒れはてた季節
果てしない心の地平を
さまよい歩いて
さんざしの生垣をめぐらす村へ
迷いこんだ
乞食が犬を煮る焚火から
夏の終わりに薔薇の歌を歌った
男が心の破綻をなげいている
実をとるひよどりは語らない
この村でラムプをつけて勉強するのだ
「ミルトンのように勉強するのだ」と
大学総長らしい天使がささやく
だが梨のような花が藪に咲く頃まで
猟人や釣り人と将棋をさしてしまった
すべてを失った今宵こそ
ささげたい
生垣をめぐり蝶と戯れる人のため
迷って来る魚狗(かわせみ)と人間のため
はてしない女のため
この冬の日のために
高楼のような柄の長いコップに
さんざしの実と涙を入れて           
 

 心が弱ってしまったとき、すべてを失った今宵こそ ささげたい、というフレーズは魅惑的でありながら、暗い欲求を刺激します。

 しかし精神障害発症から、数え切れぬ夜と昼を超えた私は、もはや柔な精神とは無縁です。

 鋼のような精神を身に付けた私は、その鋼に少々の傷がつこうと、びくともするものではありません。

 例え病んだ芸術が私を病者の世界にひきずりこもうとしても。


西脇順三郎詩集 (岩波文庫)
那珂 太郎
岩波書店

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