今朝は急激な冷え込みに襲われました。
季節の変化は驚くべき速さで進み、陽気の良い秋は長くは続かず、寒い冬がやってきます。
ここ数年、冬の寒さに恐怖を感じるようになりました。
下着を重ね着したりして凌いでいますが、職場の暖房が12月にならないと使えないので、それまでは凍える毎日が続くでしょう。
さらにショックなのは、リビングのエアコンが動かなくなってしまったこと。
昨日、突然でした。
一応、修理を頼むつもりですが、修理代が高くつくようなら、買い換えしかありません。
もう11年も前に購入した物なので、仕方がないのかもしれません。
今のエアコン、20畳用で、20万円くらいかかったと記憶しています。
もし買い換えとなったら、今住んでいるマンションのリビングでは3代目ということになります。
最近マンションが古びてきたのか、あちこち不具合が生じて、そのたびに小銭が飛んでいきます。
マンションの設備だけではなく、家電まで同じ時期にガタが来るとは泣けてきます。
モノは経年劣化によりこれだけメンテナンスが必要なのですから、人間もガタが来る道理です。
人もまた老い、治療という名のメンテナンスを行い、ついにはそれもままならず、亡くなっていきます。
怖れても嘆いても、必ず誰にでも訪れる事態です。
身近では、83歳になる義母の衰えが、それを予感させます。
施設に入所し、毎週土曜日に同居人が付き添って整形外科に通い、歩くためのリハビリを行い、4週間に一度は内科に通い、大量の薬を処方されています。
内科は平日でないと診察していないため、同居人は必ず4週間に一度は休暇を取得しなければならず、休暇はどんどん減っていきます。
義母は、私は勿論、同居人以外の誰とも会いたがらず、電話するのも億劫な様子です。
大田区に住む義母の実の姉とですら、電話で話すことを嫌がります。
そのため同居人は一人で義母を背負うような形になり、日々疲労が蓄積していく様子です。
衰え、介護を受ける者も、世話をする者も、両者が疲弊していき、最悪の場合時折耳にする、介護疲れによる無理心中もしくは殺人などが起きてしまいます。
飛躍し過ぎかもしれませんが、義母が施設で暮らしているからいいものの、これが寝たきりで在宅介護となったら、そうとも言えません。
それを見ていて思うのは、私と同居人の老後のこと。
必ずどちらかが先に衰え、亡くなるはずです。
そして一人は残される。
子宝に恵まれなかった私たちですから、残された側は家族に頼ることができません。
子がいたとしても頼る気などありませんが。
最後にモノをいうのが金というわけです。
高齢者施設に入所して月々の支払いをしても生きていけるだけの財源が必要です。
世知辛い世の中です。
しかし私は、一人残されたのなら、酒でも睡眠薬でも、あるいは手に入るのなら非合法の麻薬でも、意識を変容させる薬物を大量に摂取して、朦朧とした意識のまま快適な自宅のリビングで朽ち果てていきたいと思います。
緩慢な自殺というべきでしょうが、それ以外に一人で老後を過ごす自分の姿が想像できないのです。