近頃、よく女子会という語を耳にします。
平たく言えば、野郎禁止で、女ばかりで飲食や旅行を楽しもうという素敵な寄り合いのことのようです。
これ、子供のころは大抵誰もが女子会、男子会の毎日だったように思います。
男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で遊んだものです。
また、専業主婦も毎日が女子会なのではないでしょうか。
誰それちゃんのママと何々君のママ、といった具合にママ同士で寄り集まる。
女子会というと、働いているいい年をした女性がわざわざ行うもの、という印象があります。
女だけだと気兼ねがないとか、本音が言えるとか、恋の話や下ネタ話ができるとか、様々な特典つき。
近頃では飲食店の多数がこの女子会なるものに目をつけて、売上アップにつなげようという算段をしています。
抜け目ないですねぇ。
しかし中には本当は噂話や人の悪口ばかりの女子会なんて大っきらい、だけど、出席しないと自分の悪口言われちゃうからイヤイヤ出ている、というまともな女性もいるやに聞きます。
悪口などいくら言われたって、私の耳には入らないし、入ったって放っとけばよいのでどうでもいいことです。
面と向かって文句を言われたら堂々と反論できるので、いつでもかかってきなさい。
君子の交わりは淡きこと水のごとし。(荘子)
犀の角のようにただ独り歩め。(スッタニパーダ・原始仏典)
この世はどう生きたって孤独。
結婚しても、子供を持っても、親友を得ても、どう生きたって孤独。
女子会に限らず、はかない他人との交わりを制限して、おのれの心中深く分け入ってみるべきでしょう。
私は精神科医の勧めもあって、職場復帰してから約一年、一度も職場の宴会に出席していません。
お世話になった方の送別会や、これから一緒に働く上司や後輩の歓迎会でさえ。
そのような行動は組織では嫌われることは明らか。
でも私は嫌われても構わないのです。
なんだかそういうことははるか昔にやっていた子供の遊びのようなもの。
私は新しい世界に突入してしまったようです。
私としては、女子会と同じように珍妙に見られてしまう、一人焼き肉や一人フレンチフルコースのような、難易度の高いお一人様を楽しむ女性とお話してみたいものです。
女性が群れているのは、私には気持ちのよいものではありませんから
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