昨日NHKで能楽中継を放送していました。
曲は「安宅」。
歌舞伎では歌舞伎十八番の一つ、「勧進帳」として知られる、山伏姿に身を隠した義経と弁慶の一行が安宅の関でとがめられ、にせの勧進帳を読みあげて難を逃れる、有名なお話しです。
弁慶を観世流の宗家当代、観世清和が演じ、見事な舞を見せています。
宗家現在50歳、軽やかな身のこなしで舞う様は観る者を魅了しますが、顔中汗びっしょりなのは、ちょっといただけません。
面白いと思ったのは、曲の最後の段。
安宅の関を逃れ、山中で一休みしていると、先ほどはご無礼を、と言って富樫と従者が酒を持って追ってきて、酒宴を開く場面です。
富樫は本当にだまされたのか、武士の情でだまされたふりをしているのか、どちらにしても弁慶は酔ったふりで富樫に長い舞を見せ、謡いを吟じ、踊る間に義経や山伏姿の伴の者どもを逃がし、自分も棄てゼリフのように「虎の尾を踏み毒蛇の口を逃れたる心地して、陸奥の国へぞ下りける」と吟じて去っていくのです。
酒なんか飲んでもお互い酔えなかったでしょうねぇ。
一方は追う側、もう一方は追われる側。
一歩間違えば切り合いになってしまいます。
能にしても歌舞伎にしても日本の舞台芸術というのは、騙したりだまされたり、裏切ったり、殺したり、人間の悪というものがあけすけに描かれる作品が多いですね。
とくに歌舞伎は、悪役が真のヒーローだったりします。
そういえば江戸時代、市中引き回しのうえ打ち首、などの刑が執行される際、引き回される罪人は、演説をぶったり見栄を切ったり、江戸庶民を楽しませるのが粋とされていたとか。
死を前にしても見栄を張る罪人、それを楽しむ江戸庶民、それを許したお上、それぞれに鷹揚というか脳天気というか、絶対悪という概念が存在しなかったわが国の人々の残酷なまでの明るさに驚きを禁じ得ません。
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川西 十人 | |
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