今日は休暇をとりました。
以前から何度も書いているとおり、亡父の本葬のためです。
しかし亡くなったのが3月5日で、密葬と称する盛大な葬儀を出しておきながら、今頃本葬というのは、一般的にはあり得ないでしょうねぇ。
実家ながら坊さんの世界の習慣はよくわかりません。
実家での葬儀が13時からで、赤坂のホテル・ニューオータニでの追悼の宴会が16時半から。
実家には12時半頃着けばよいかなと思っていましたが、着付けのおねぇさんを呼んでいるとかで、親類は実家で着付けをするようです。
同居人もそうしたいとかで、かなり早く行かなければなりませんねぇ。
11時前には到着したいところです。
いよいよ亡父の遺骨も冷たい石の下へと入れられ、個人史は終わり、寺の歴史となるのですねぇ。
亡父は開山上人から数えて45世。
開山上人はもとは天台宗の坊さんでしたが、日蓮上人の話を聞き、日蓮宗へと転じて浅草に寺を開山したと伝えられます。
その後寺は現在の江戸川区に移転。
江戸へ農作物を供給する農村の寺として、地域とともに発展してきました。
亡父も保護司やらPTA会長やら、柄にも無く地域の仕事を引き受けていましたっけ。
寺では山門を新築したり茶室を造ったり、寺域の整備に力を尽くしました。
後世、45世はどんな評価をうけるんでしょうね。