今日も暑くて出かける気にならず、読書をして過ごしました。
読んだのは日系英国人作家、カズオ・イシグロの最新作、「忘れられた巨人」です。
![]() | 忘れられた巨人 |
Kazuo Ishiguro,土屋 政雄 | |
早川書房 |
舞台はアーサー王没後間もないブリテン島。
ある集落に住む老夫婦は、昔出て行った息子に会うため、旅に出ることを決意します。
旅といっても、当然徒歩で、しかも当時のブリテン島での旅は大変危険なもの。
強盗や追いはぎ、鬼や妖精が出没するのです。
当時、ブリテン島は霧=雌竜の息が充満し、人々はそのせいで様々なことを忘れてしまいます。
島には、言葉も神も習慣も違うブリトン人とサクソン人が住んでおり、過去、激しい戦いを繰り広げてきましたが、今はつかの間の平和が訪れています。
旅の途中、老いたアーサー王の騎士や、戦闘能力抜群の、ブりトン人に育てられたサクソン人の戦士、サクソン人の少年、キリスト教の僧など、多くの人々に出会い、助けられたり窮地に追い込まれたりします。
要するにファンタジー仕立てですね。
ただし、この作者らしい静かな筆致で、ファンタジーらしい活劇とは一線を画しています。
民族の対立と和解、そしてまた、記憶、夫婦愛などが重層的につづられます。
ラスト近く、雌竜を倒そうとする戦士と、雌竜を守ろうとする騎士の戦いが描かれますが、それぞれの理屈に一理あり、考えさせられます。
倒そうとする戦士は、人々の記憶を取り戻す、という大義を担っており、一方アーサー王の遺言で雌竜を守っている騎士は、雌竜の息で人々が記憶を失ったからこそ、平和が保たれており、雌竜が死ねば人々は憎しみの記憶を呼び覚まし、平和が壊される、と信じています。
価値観の相違ですね。
そして大詰め、息子の村を訪ねる旅だったのが、雌竜が倒されたことにより老夫婦は記憶を取り戻し、息子はすでに疫病で倒れ、墓参りに行くことが目的であったことが明かされます。
村では良い待遇を受けられず、息子を失った老夫婦が、過酷な旅をともにする、夫婦愛の物語が、一気に暗転してしまいます。
それでも老夫婦は墓参りのため、旅を続けるのです。
ファンタジーという意匠をまとってはいますが、これは価値観の相克や夫婦愛を描いた、一種の悲劇と言ってよいでしょうね。
文体が少々読みにくいですが、読み応えはあると思います。