吉田修一の「怒り」を読了しました。
八王子で一家惨殺事件が起き、現場には血で書いた怒の文字が。
犯人は逃走を続けます。
房総の漁村で暮らす少々オツムの弱い愛子の前に現れた青年田代との恋、沖縄の離島に暮らす女子高生と淡い恋を楽しむ少年の実家の民宿に現れた田中、ゲイのサラリーマンの前に現れ、同棲を始めた直人の、3つの物語が同時並行で進みます。
突如現れた3人には、年恰好が似ていること以外、とくに接点はありません。
そして3人ともが、誰にも言えない過去を抱えているのです。
田代も田中も直人も、それぞれに新しい人間関係のなかで信頼を勝ち得、愛されるようになります。
しかし人間というのは疑りぶかいもので、八王子での事件の容疑者の似顔絵が公表されるや、もしかしたら、という疑心暗鬼にとらわれ、それぞれに葛藤します。
終盤に至り、真犯人も、3人の過去も明かされますが、怒の意味するところは謎のままです。
人間という存在の不確かさ、人間関係のもろさが、切ないばかりに暴露されていきます。
作者が芥川賞作家ということもあってか、これはミステリーというよりは人間の本質に迫ろうとする文学作品の趣を呈しています。
したがって、論理的で明快な物語を好む人には向きません。
それは当然、人間という生き物自体が論理的でも明快でもないし、また、同じ人物に対する見方や評価も人それぞれであるという冷厳な事実に拠っています。
怒の意味するところは結局読者の解釈に任され、しかもどんな解釈もおそらく正しくはないでしょう。
そうであるならば、読者ひとりびとりの怒を惹起せしめるよりほか、この小説を読み解くことは不可能であろうと感じます。
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