初めて一人暮らしを始めたのは千葉県四街道市という所でした。
実家の都内住まいから都落ちということになりましたが、職場が千葉で通勤も楽になり、何より気楽な一人住まいというのが嬉しかったことを覚えています。
そこに引っ越してから一週間後くらいでしたでしょうか。
深夜、よく意味が分からない、何か祈りのような声が聞こえました。
アパートの外に出てみましたが、誰もいません。
奇妙なことだとは思いましたが、疲れていたこともあり、ベッドにもぐり込みました。
祈りと思われる声は次第に大きくなり、ついには大勢で唱和する大音量と言うべきものにまでなりました。
たまらず身を起こすと、私が寝ているベッドの対角線上に無精ひげをはやした真っ青な顔の、汚い着物を着た痩せこけた若い男が立っていました。
私に危害を加える風ではなく、ただ虚ろな目で私を見ているのです。
私は額に脂汗を浮かべ、「出ていけ」と思い切り叫びました。
男は虚ろな目のまま、私に近づいてきました。
もう一度渾身の力を振り絞って「出ていけ」。
すると男の姿はすうっと消えてしまいました。
全身汗びっしょりでしたが、シャワーを浴びる気も起きず、ウィスキーを呷って眠りました。
不思議なことに、祈りの声は聞こえなくなっていました。
翌朝、あれは夢だったのだろうかと思いましたが、ベッドの対角線上からベッドにかけて黒い染みが付いていました。
その後もそのアパートに住み続けましたが、二度とそういうことはありませんでした。
あれが何だったのか分かりません。
30代前半くらいまで、時折不思議な目にあいました。
若者にだけ見える幻影だったのかもしれません。
その他の話はまた追って。