私の古い友人に、「体は異性愛だけど心は同性愛」、というややこしいことを公言して憚らない男がいます。
実際、今まで女性と真面目に付き合ったことはなく、性欲は専ら風俗か、体の付き合いだけの女友達で発散させているようです。
一方、男である私とは夜通し飲んだりして語らいを楽しんでいます。
体も心も異性愛者である私には、理解しがたい精神性です。
異性愛であれ同性愛であれ、あるいは両性愛であれ、精神性が伴わず、まるっきり性欲だけということがあり得るのでしょうか。
私の乏しい経験から言って、惚れれば、特に惚れはじめの時期は、心も体も激しくその相手を求めるものだと思います。
一方、どんなに顔や体が好みだからと言って、気が合わないと思った女性には性欲を感じません。
いくら風俗嬢が相手でも、少しはお話をして、まぁまぁ気が合うなと思わなければ、私は何もせずに帰ってしまいます。
逆に、風俗嬢に、本気とは言わないまでも恋愛感情に近いものを抱くことがあり、そうなると、金ばかりかかって非常に厄介です。
過去に一度だけそういうことがあり、お店で会うだけでは飽き足りず、大枚はたいて店外デートなどを繰り返し、ずいぶん貯金を減らしましたが、今思うとあの時は初めての(そして今のところ最後の)躁エピソードで、私には自覚がなく、単にうつ病が治った、元気になったとしか思いませんでした。
しかし、診察室での私の饒舌ぶりを見て、精神科医は一発で躁状態を疑い、「最近金遣いが荒くなっていないか」とか、「怒りっぽくなっていないか」と聞かれ、挙句、「性的逸脱行動は起きていないか」と聞かれるに及び、私はおのれの精神が真逆に振れてしまったことを思い知らされました。
餅は餅屋と申しますが、全く専門家と言うのは大したものです。
その後躁を抑える薬が処方され、私の愚かな、風俗嬢との金を介した恋愛ごっこは終わりを告げたというわけです。
もっとも、薬がよく効いてしまい、その後私は一般女性からの誘いに応じることも出来なくなってしまったのは、少し残念です。
まぁ、年のせいもありますが。
そのため、歌舞伎役者なんかが、70歳を過ぎて若い愛人との間に子供をもうけたりするのは、大した絶倫ぶりだと感嘆せずにはいられません。
肉体の性欲と精神の愛が分離したと放言している私の古い友人は、いっそ分離しているからこそ、長く肉体の性を楽しむことができるのかもしれませんね。
何しろ後腐れが無い肉体関係ばかりなのですから。
長い付き合いになり、愛情が深まるほど、性欲は減退するように感じます。
それがセックスレスという問題なのかもしれませんが、おのれも衰え、パートナーも衰えれば、当たり前のような気がします。
少なくとも私は、長らく肉体的な接触が無いものの、同居人を深く尊敬し、愛情を深め、今なお恋しているわけですから。