恋重荷

文学

 蒸し暑い土曜日の午後、冷房を効かせた室内で、NHKで放送されていた能楽中継を鑑賞しました。
 曲は恋重荷(こいのおもに)」です。

 菊守の山科荘司は、いい年をして、ふと見かけた高貴な若い女御に懸想してしまいます。
 それを聞きつけた女御の臣下の者が山科荘司を呼び出し、目の前にある美しい錦の布で覆われた荷をかついで百回も千回も庭を廻れば、もったいなくも女御がお姿を現してくれるであろう、と告げます。
 喜び勇んで荷を持ち上げようとする山科荘司。
 しかし、どうしても持ち上がりません。
 女御は石を入れた箱をいかにも軽そうに見えるよう錦の布で包み、持ち上げられないことで老いらくの賎しい身分の男が高貴な若い女御に恋することが虚しいことだと悟らせようとしたのです。
 山科荘司は人前で恥をかかされたと憤り、ついには憤死してしまいます。
 あわれに思った女御はせめては死に顔でも見てやろうとします。
 そこに亡霊となった山科荘司が現われ、ひとしきり恨み言を述べつつ舞います。
 しかし、霜か雪か霰か、恨みは跡を消し、これからは女御の守り神となろうと宣言し、亡霊は去って行きます。

 単純なストリーリーですが、喜んで重荷を持ち上げようとする老人、そして恨みを抱きながら女御の守り神となろうと決意する亡霊、自分への思いを断ち切らせようとした計らいごとが思わぬ展開となって戸惑う女御、それぞれに熱演で飽きさせません。

 豪華絢爛たる衣装、それと正反対の極端に簡素な舞台、それらが相乗効果をなして表れる美的世界は、舞台芸術の極北にあるものです。
 世界に例をみないファッショナブルな舞踊もしくは演劇ですねぇ。
 エンターテイメントに徹し、時に猥雑な歌舞伎とは対極にありますね。

 私はどちらもそれぞれに好みます。

 そういえば橋下大阪市長、文楽や落語への補助金を大幅にカットするとほざいていますね。
 落語はともかく、文楽のごとき大人の鑑賞に耐えうる人形劇は、おそらく世界に類を見ない高度な舞台芸術です。
 しかも落語と違って文楽人形や衣装、人材の維持には金がかかります。
 一遍だけ文楽を観て、「もう二度と観ない」と言ったそうですが、無粋な男です。
 伝統芸能への補助金など箱物やインフラ整備などにかかる金から見たら微々たるもの。
 伝統芸能や芸術への支出を惜しんでいたら、独り日本人だけでなく、世界の遺産が消えてしまいますよ。

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