ずいぶん前に、「戦艦大和ノ最期」という戦記文学を読みました。
![]() | 戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) |
鶴見 俊輔 | |
講談社 |
その作者で戦艦大和の生き残りであった吉田満と言う人が、敬虔なクリスチャンであったことを、最近知りました。
しかも、もともとはカソリック信徒であったものが、後にプロテスタントに改宗しているという変わり種。
キリスト教に入信したのは、1948年。
戦後4年くらいでしょうか。
きっかけは、信頼できる神父との出会いであったようです。
その後プロテスタントに改宗することになりますが、これは謎とされているようです。
結婚が機会になっていることは確かなようです。
というのも、妻の実家が熱心なプロテスタントだったからです。
しかし妻もその実家も、吉田満にはカソリックにとどまることを望んだと伝えられます。
節操無しみたいで嫌だったんでしょうか。
いずれにしろなぜか、プロテスタントに改宗。
推測ですが、神に祈るという行為そのものだけが重要で、儀式のやり方などが異なっていてもどっちでもよい、ならば妻と同じ宗派に、と考えたのではないでしょうか。
宗教に寛容な日本人ですから、そう考えても不思議はありません。
で、この人、戦艦大和の生き残り、という矜持と、クリスチャンであるということをバックボーンに、平和論などを執筆しています。
面白いのは、戦争は絶対悪であり、自衛だとか正義だとか、何か理屈を付けて、この戦争は正しい、ということはあり得ない、と強く主張しながら、いわゆる絶対平和主義のような運動には与しなかったことです。
戦争反対を唱え、地球市民みたいなことを言う空疎な言動からは、地道な平和への努力は生まれない、と批判しています。
戦後、平和が保たれているのは、「平和憲法に支えられたからというよりも、むしろ幸運であったと見るのが事実に近い」と、9条による平和という見方も、批判しています。
ここらへん、自らが戦争体験者だけあって、現実的ですね。
「世界は一つ」のような無国籍者のような立場で平和を論じることは無責任であり、あくまで日本人たるのアイデンティティを持たなければ、平和運動は夢想にしかならない、とも。
「自分は何をするか」の前に、「自分は何であるか」に固執すべきだ、とも言っています。
それは大和で凄惨な戦いを経験し、生き残ったからこそ言わなければならない言葉だったのでしょう。
晩年、大和の戦没者、あるいはずべての戦没者の霊に向けて、次のような言葉を吐露しています。
かれらは、もはやいない。だがかれらを生かすも殺すも、ただ俺たちの生き方にあるのだ。凄惨な苦闘の外貌に欺かれず、そこにちりばめられた、愛、価値、宿命を掘り起し、みがいてゆかねばならぬ。
生き残った元将校の言葉として、胸を打ちます。