新月の夜は月が見えません。
しかし、太陽に隠れているだけで、確かにそこに在るのです。
それをもって、近頃では新月の願い事、というのが流行っているそうですね。
昨夜、貫井徳郎の長編、「新月譚」を読み終わりました。
ミステリー作家が描く、20年以上に及ぶ道ならぬ恋を描いた物語。
殺人事件は起きません。
女流作家、咲良玲花は、49歳で突如、筆を折ります。
人気絶頂の最中、なぜか?
中学生の頃から彼女の作品を愛読していた若手編集者が、誰にも明かされなかった彼女の創作の秘密と半生を聞かされます。
彼女の長い独白が、この小説の大半を占めます。
ブサイクで暗かった事務員が、小さな会社の社長と付き合うことにより、明るくなり、社長の気持ちを繋ぎ止めるために整形を繰り返し、この世の物とは思えない整った顔の美人に変身します。
さらには、才能があり、上昇志向の女性が好みだと聞いて、彼女は一生懸命小説執筆に励み、ついにはベストセラー作家となるのです。
社長が別の女と結婚しても、日陰の存在のまま、不倫関係を続けます。
しかし、社長が49歳のとき、42歳の妻が懐妊した頃から、何かが狂い始めます。
創作の動機が社長を繋ぎ止めるためだけだったとしたら?
社長の妻は仕事のためのお飾りで、自分こそはナンバー1だと信じていたとしたら?
社長に娘が生まれ、娘を溺愛するようになってから、彼女は社長も、小説も失わなければなりません。
これは喪失の物語でもあります。
長い道ならぬ恋を、ミステリー調で奏でる豊かな物語で、私は惹きこまれました。
この作者の作品としては異色ですが、確かな筆力に支えられた豊穣な物語を見ることができます。
是非、ご一読を。
![]() | 新月譚 (文春文庫) |
貫井 徳郎 | |
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