私が昼酒を許しているのは、正月と花見の年に二回と決めています。
しかし冠婚葬祭は別。
今日は法事後、千葉市内の某料亭で小宴が催されました。
親戚の中に絵に描いたような江戸っ子のおじさんがいて、このおじさんの話は報復絶倒です。
すでに77歳で引退してから14年も経ち、今は町会の仕事に精を出しているようです。
元は月島で生まれ育ち、銀座や新橋で遊んでいた生粋の江戸っ子ですが、結婚後は京急の糀谷に住まいしています。
京急が羽田空港に延伸してから、品川からノンストップで羽田空港に行く電車が増え、糀谷駅に止まる電車は激減したとか。
そこでおじさんは日々双眼鏡を片手に糀谷駅からノンストップの電車の客の入りを確かめ、ガラガラな電車が多いことをつき止め、町会から京急に各駅停車を増やすようねじこんだとか。
しかし東京モノレールと熾烈な空港へ向かう客の争奪戦を繰り広げている京急は聞く耳を持たぬとかで、たいそう憤慨していました。
生きた伊勢えびをもらった時は風呂に水を張って泳がせようとして、当然海水ではないため、即死。
がっかりしたそうです。
戦後和田倉門周辺がいち早く100メートルほど舗装された時にはローラースケートでその百メートルを行ったり来たりして滑っておまわりさんにしかられたとか。
高校時代には悪友を募って銘々の時計を集めて質屋に持ち込み、その金で新橋で飲んじゃったとか。
新婚当時、給料日に一晩でお姉さんのいる店ですべて遣ってしまい、翌月から奥さんが乳飲み子をかかえて給料日に会社へ給料をもらいにくるようになったとか。
間抜けな話が次から次へと出てきます。
それをかすれた声で早口で話すそのさまは、じつに軽妙洒脱で、枯れた江戸っ子の面目躍如と言うべきです。
素敵なおじさんには長生きして、間抜けな話をもっと聞かせてもらいたいものです。