このたび、国連で125か国もの多数の賛同を得て、核不使用の共同声明を発表しました。
なんとその中にはわが国も名を連ねています。
戦後、わが国のマスコミなどは、まるで自慢するかのように唯一の被爆国だと騒ぎ立て、平和の使者であるかのような顔をしてきました。
馬鹿げたことです。
なぜそうなったかと言えば、軍と一緒になって当時のマスコミ自身が本土決戦を叫んで連合国の心胆を寒からしめ、敵は本土決戦になれば連合軍兵士100万人が命を落とすと試算し、原爆使用の言い訳を作ったからです。
もっとも、大日本帝国政府が降伏を決意した最大の理由は、原爆投下後、日ソ不可侵条約を破ってソ連が対日参戦したことだと言われていますが。
それにしても、原爆への恐怖も降伏への動機づけになったことは容易に想像がつきます。
で、戦後のわが国政府はそれほど怖ろしい核兵器使用にどういう態度を取ってきたかと言えば、一貫して核兵器不使用や核廃絶、核軍縮に反対し続けてきました。
なんとなれば、わが国は米国の核の傘に守られて戦後の繁栄を謳歌してきたわけで、これを否定するような声明に加われば、まさしく言行不一致。
米国追随と言うよりも、自己矛盾に陥ることを潔しとしなかったものと思われます。
このたび、声明に加わるに際しては、これを主導したニュージーランドなどが法的拘束力を持たせようとしていたところ、わが国政府はこの文言を削除させ、単なるスローガンになるように骨抜きにし、晴れてわが国史上初めて、政府が核兵器不使用の声明にその名を連ねたというわけです。
しかも実際には核兵器使用を縛るものではないとまでわが国政府は強弁しています。
なんと姑息な。
国内外にわが国は核兵器使用に反対する世界唯一の被爆国で、心から平和を望んでいる、というメッセージを発したかったものと思われます。
でもそれ、嘘ですよね。
国民一人ひとりは、政府高官も含め、核兵器使用が行われないよう願っていることは間違いないでしょう。
しかし、国家意思となると、ことはそう簡単ではありません。
いざと言うとき頼れるのは世界最強の核大国、米国であり、実際に日米同盟があるからわが国は核兵器を保持せずに生き残ってきたわけです。
それなら堂々と、わが国政府は厳しい世界情勢に鑑み、米国による核兵器使用のフリーハンドを支持すべきではありますまいか。
じつは米国の核兵器使用を認めながら、わが国政府が画策して骨抜きになった声明に名を連ねるなど、かえって他国はわが国の真意を疑うでしょうし、同盟国たる米国はわが国に不信感を抱くでしょう。
私は、国力や国際情勢がそれを許すなら、米軍にはお帰りいただき、堂々とわが国はわが軍が守ると宣言し、そのために核兵器を保有するのが独立国としてあるべき姿であると考えています。
しかしそれは書生論であることも分かっています。
現下の国際情勢に鑑みれば、今のところ、国防に関しては下駄の雪のようにどこまでも米国に付いていくしかないと思います。
中途半端に声明に参加したことは、将来禍根を残すものと思われます。
もし本当に核不使用、核廃絶をわが国が望むなら、まずは日米同盟を解消し、しかも核保有を諦め、完全中立国として生きていく道を探る他ありますまい。
もっともそれは、高邁な理想ではありますが、亡国への道でもありましょう。
にほんブログ村
政治 ブログランキングへ