今年は花見日和に恵まれないまま、早くも桜は狂ったように散っています。
わが国びとがこの花を他の花と同じように観られないのは、この花が日本人の死生観や美意識を象徴的に表しているからでありましょう。
私もまた、この国に生まれ育った一人として、桜に特別の感慨をおぼえるのは、いたしかたないことです。
さまざまの 事思ひ出す 桜かな
松尾芭蕉の句です。
桜の時期は、年度が改まる頃でもあります。それだけにいっそう、人々は卒業や入学、就職や転居など、人生の節目の出来事を思い出すことでしょう。
そしてなぜか、この花だけは、咲くさまを観るにつけ、来年もまた観ることができるだろうか、という不安を感じさせます。季節ごとに咲く花はいくらでもあるのに、桜だけは、おのれの将来を、暗示させるのです。
それだけに、私はこの花を愛しながら、心のどこかで嫌ってもきました。
多分、この花だけが持つある種の激しさが、私の平穏を奪うのでしょう。