死の文学

文学

 文学と死は、なんと離れがたく、抱き合っていることでしょう。
 あまたいる自殺をとげた文学者。
 あるいは情死。または孤独死。自衛隊の決起を促して死んだ文学者もいました。

 文学者が死を甘美なものと捉え、そこから抜け出せなくなるのは、故なしとしません。死は未知であり、死を求める者の心に従って、自在に変化し、その魅力的な姿を現します。

 私は、精神の病を患い、渇きにも似た切羽詰った心で、自死を模索したことがありました。しかしそれを実行しなかったのは、死は、私にとって魅力的でありながら、あまりに恐ろしいことであったからです。狂気のなかに、わずかに正気が残っていたのでしょうか。
 そして今にいたるも、情けなく、生き残っています。

 自死をとげた原民喜に、「夏の花」という小説があります。
 自身の被爆体験を描いた小説です。
 悲惨な被爆地の状況と、被爆者の切ない心情を描きながら、その文章はあまりにも美しいのです。
 戦後最も美しい散文と、評されたほどです。
 いわば死にいく他者と、死に抵抗する我を描いた小説で、それはまさしく、死の文学です。
 もっとも痛ましい状況を、もっとも美しく歌わずにおられなかった作家の心情を思いやるとき、私はただ、自己の生を呪うのです。

夏の花・心願の国 (新潮文庫)
原 民喜
新潮社