濁れる水の流れつつ澄む

文学

 9月12日に「なんで?」という記事で、このブログを読んだNHKの記者から、俳句についての取材を申し込まれた、と書きました。
 詳しくは、種田山頭火についての取材でした。

 あれ、山頭火の記事なんか書いたっけ、と、ブログ内検索をかけてみたら、ずいぶん前に4つほど書いていました。
 良く見つけたものですねぇ。

 当時私は「山頭火全句集」という書物を手に入れて、行乞の俳人にかぶれていました。
 西行、良寛、芭蕉などに連なる、漂白の魂を持った俳人だと憧れてもいました。
 で、句についてはかなり語る自信がありますが、俳句というのはどんな人物だったのか、どんな生涯を送ったのかを知らないと深く理解できないところがあります。
 その句をいつどんな所で、どんな心持ちで詠んだかを知ることは、俳句理解のうえで極めて重要です。
 そこで、来週の取材に備えて「種田山頭火 うしろ姿のしぐれてゆくか」という430ページに及ぶ大部の評伝を今日一気に読みました。
 
 初めて知ることがたくさんありました。
 少年の頃、母親が井戸に身を投げて自殺したこと。
 青年期の弟が自殺したこと。
 曹洞宗で出家得度して僧形で行乞の旅を続け、句作に励んだこと。
 時折正気に返って図書館の事務員に就職したりしますが、長続きしなかったこと。
 ひどく酒癖が悪く、句友らにたびたび金の無心をしていること。

 私は山中ではなく都会の雑踏に隠れるようにマンションの一室を庵とし、遁世するのが夢ですねぇ。
 でもそれは定年後、年金がもらえるようになってからでしょうねぇ。
 そのためには長生きしなければなりません。
 おそらく定年は65歳に、年金支給開始年齢は70歳に延長になるでしょう。
 すると遁世するのは70歳。
 せめて20年は世捨て人として生きたいですから、90歳までは死ねません。
 健康に留意しなければいけませんね。

 「それから」の先生のような、高等遊民というのが最も理想とするところですが、先生のように実家が大金持ちというわけではありませんから、なにがしかのシノギをしなければなりません。
 ご縁が合ったのが、研究機関の事務というわけです。
 このご縁、今さら別れるわけにはいかないが、関係は冷め切ってしまった夫婦のようなものです。
 つまらんですねぇ。

 山頭火、造り酒屋をやったり、古本屋をやったり、都内の図書館で事務をやったり、色々と俗世間で生きるための挑戦はしているんですが、どうも空回りで、自棄酒に走って借金を作るということの繰り返しのようです。

 行乞の僧となって世を捨てた気分になっても酒はやめられず、ために方々に金の無心をしています。

 彼の飲みっぷりは、本人曰はじめほろほろ、それからふらふら、そしてぐでぐで、ごろごろ、ぼろぼろ、どろどろだったそうです。

 しかし最晩年、一皮向けたような秀句を残しています。

 濁れる水の流れつつ澄む

 山頭火本人の人生を一句に凝縮したようです。

 今日一通り山頭火の人生及び人となりを俯瞰したので、明日は「山頭火全句集」を再読し、来週の取材に備えるつもりです。

種田山頭火―うしろすがたのしぐれてゆくか (ミネルヴァ日本評伝選)
村上 護
ミネルヴァ書房


山頭火全句集
種田 山頭火
春陽堂書店


それから (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社

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