今朝早く、母から電話がありました。
父が肝臓がんのため、他界した、とのことでした。
昨日、私は浅草寺病院に父の個室を見舞いました。
浅草寺の五重塔がよく見える部屋でした。
父はモルヒネと睡眠薬の点滴をうけ、もはや痛みを止める以外に手はない、とのことでした。
それでも手をにぎり、「とびおです。お見舞いに来ました」というと、うっすら目を開け、「ありがとう、悪いな」と蚊の泣くような声で返事をしました。
もはやその魂は、あの世とこの世を行きつ戻りつしているかのごとくでした。
浅草には父が行きつけだった鮨屋があり、バーがあり、父が最も愛した場所でした。
最初は慶応病院に入院していたのですが、退院してしばらくし、先月末、再度入院しようという時、慶応病院にはベッドに空きがないとのことで、浅草寺病院を紹介されたのです。
結果的に、父がこよなく愛した浅草で死を迎えることになりました。
不幸中の幸いは、長患いしなかったこと。
誇り高い父には、寝たきりで何年も生きるなど、考えられないことです。
正月にはまだ元気で、少しですがワインなども嗜んでいました。
先月26日に容態が急変。
入院してしばらくは、退院できるものと思っていたようです。
それが一昨日の夜に全身の痛みに七転八倒し、モルヒネの投与となり、最後はモルヒネと睡眠薬の点滴のおかげで、苦しむことなく、眠るように逝きました。
71歳。
少し早いような気もしますが、業界のトップにまで上りつめ、面白おかしい人生だったのではないかと思います。
冥福を祈ります。
合掌。