犀の角 

思想・学問

 私のまわりでは、結婚するよ、という友人・知人からの知らせより、離婚しました、という報告のほうが多くなってきました。
 私の年齢が上がって、これから結婚する友人より、すでに結婚した友人が多いからかもしれませんが、せっかく縁あって一緒になったものをもったいない、という思いと、嫌なら一分でも早く分かれたほうがよい、という思いとが、交錯します。

 以前、ヘレン・フィッシャーという人類学者が、愛はなぜ終わるのかという著書で、恋愛の寿命は四年だ、という説を唱えて、世の浮気者を喜ばせました。
 もしかしたら本能的にはそうなのかもしれませんが、人間と人間の付き合いが、四年で終わるわけもなく、焼ぼっくいに火がつくなんて言葉があるとおり、それが男と女であれ、同性同士であれ、複雑な人間関係は長々と続くのが当然です。
 そうでなければ、添い遂げる夫婦があまたいるという事実が腑に落ちません。
 ただ、社会が離婚に寛容になったことはたしかでしょう。
 
 「ニューヨークの恋人」という映画で、19世紀からタイムスリップしてきた青年貴族が、現代のニューヨーカーを演じるメグ・ライアンに自由恋愛について大真面目に力説し、吹き出される、というシーンがありました。
 昔は恋愛さえ、自由にはできない、破廉恥な行為だったのですね。

 そして60年代のフリーセックスの時代を経て、恋愛についてはまるで勝ち組・負け組に二極化したかのような風潮が見られます。
 しかし、バブルの頃、独身男女のほとんどがクリスマスを恋人と過ごさなければいけないかのようなプレッシャーをマスコミが与えたのと同様、勝ちだの負けだのという単純な二極化も、マスコミやインターネットによる愚かな幻想に過ぎません。

 3高男と結婚し、子供をもうけたけど、離婚して貧乏しているが、今度は金はなくて酒乱で不細工だが気の合う男と付き合っていて、結婚の約束をしている、というのは勝ちなんでしょうか、負けなんでしょうか?

 独身だけど高収入で優雅に暮らしている独身男女と、赤貧洗うがごとき生活を送っている子宝に恵まれた夫婦の、どっちが勝ちなんでしょうか?

 恋愛など、極めて個人的なことです。勝ちだの負けだのと馬鹿馬鹿しい。

 配偶者がいようと、子供がいようと、独身だろうと、結局は独り。
 明日をも知れぬ身を思えば、現在生きて在ることに感謝するほかありますまい。

 お釈迦様は言っています。

 愛情から災いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

ニューヨークの恋人 [DVD]
メグ・ライアン,ヒュー・ジャックマン,リーヴ・シュレイバー,ブレッキン・メイヤー
ハピネット
愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史
ヘレン・E・フィッシャー,吉田 利子
草思社
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)
中村 元
岩波書店