皇紀2671年

思想・学問

 今日は建国記念の日でお休み。
 明治初期にわが国の建国を祝う日とされ、紀元節という名の祝日となりました。

 もともとの根拠は、日本書紀に見られます。
 初代の神武天皇が橿原宮で紀元前660年の元旦に即位し給うた日ということで、それを太陽暦に換算すると2月11日ということになるそうです。

 戦前は元号とともに皇紀が広く用いられ、今年は紀元2671年ということになります。

 敗戦後、長く紀元節皇紀も根拠が脆弱であり、しかも軍国主義の遺物であるとして忌み嫌われてきましたが、国民の間から紀元節の復活を願う声が澎湃として起こり、昭和46年、建国記念の日と名称を変えて復活しました。

 暦というのは西洋暦にしてもイスラム暦にしても根拠が明確ではありません。
 したがって皇紀の根拠が脆弱であることをもってこれを否定することはあまり意味がありません。
 暦は歴史的正統性よりも、国民に広く根付いているかどうかのほうが重要で、それは暦が日々の暮らしに欠かせないことから当然です。

 まして軍国主義とは無関係です。
 世界でも稀なくらいわが国で広く民主主義思想が流行し、軍人が軍服を着て表を歩くことを憚ったと言う大正デモクラシーの時代にも皇紀紀元節は何の違和感もなく行われていました。

 また、当時欧米で出版された日本史に関する書物にも、当たり前のように皇紀が用いられていました。
 キリスト教国ではないわが国が西洋暦ではなく、独自の暦を使うことは当然と考えられていたわけです。

 ただ、今となっては皇紀は国民の間に根付いておらず、これを復活させることは意味が無いでしょうね。
 しかし建国記念の日を祝うことには意味があると思います。

 日本古代史では天皇のうち最初の5代までは架空の人物とされているようですが、国民にとって重要なのは歴史的事実よりも、民族が大切にしてきた物語を伝承していくこと。
 共産国家のように革命である日突然国を作ったというのと異なり、なんとなく国が形成されていったわが国のような場合、神話であってもそれを仮に事実として伝承し、神武天皇の即位をもってわが国の始りとすることで、民族の自己同一性を維持することに役立つと言えるでしょう。

 そういう意味で数ある祝日の中でも、もっともおめでたい日が今日という良き日であることは間違いありません。

 おめでとうございます。



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