雨の土曜日。
映画館に足を運びました。
千葉県内唯一の単館系ロードショー専門の、わが家から車で十分足らずの好立地、千葉劇場です。
観たのは「私が、生きる肌」。
関東では渋谷と日比谷と千葉劇場の三館でしか上映していないレア物です。
まずは予告編をどうぞ。
一言で言えば、圧倒されました。
私はDVD鑑賞も含め、数多くの映画を観てきましたが、滅多に当たることがない、強烈な作品です。
まずその映像美。
ファッションから小物から建築物から、すべてが美しく、またヴァイオリンの音色が切なくも美しい映画音楽が出色です。
完璧な肌を求める天才整形外科医。
彼はお城のような豪勢な自宅に、手術室やら実験器具やらを取り揃えています。
彼の妻は交通事故で全身に火傷を負い、一命は取り留めますが変わり果てた自身の姿に絶望し、自殺してしまいます。
それ以来妻を救えるはずだった完璧な皮膚の研究に没頭しています。
その上まだ十代の娘が強姦され、自殺。
整形外科医は生命倫理などという安い考えを捨て、それどころか一般的な道徳観念さえ失って、完璧な肌を求めます。
そして何者かを監禁して、完璧な肌を移植します。
映画は監禁された謎の美女と、中年ながらマッチョでイケメンの整形外科医との緊張に満ちた日常生活を描くことから始まります。
謎の美女が整形外科医の亡くなった妻とそっくりであることに危惧の念を抱く使用人の老婆が絡んで、良い味を出しています。
生きるために整形外科医に惚れたふりをする謎の美女と、それに翻弄されるイケメン先生。
いわゆるマッド・サイエンティストとは思えないしゃれ者で、さぞかしもてるだろうと思わせ、だからこそ謎の美女が自分に惚れてしまったと勘違いすることに、観る者は納得させられます。
後半、物語は加速していきます。
謎の美女を拉致監禁した経緯と、その美女が亡き妻そっくりに変えられていく過程が、時制を逆転させて丹念に語られます。
ネタバレになってしまうといけませんので詳しくは書きませんが、そんなのあり?と思うような意外な人物を選んで監禁し、何度も手術を繰り返しています。
そして、悲劇のような喜劇のようなラスト。
悲劇は見方を変えれば喜劇でしかありえないことを痛感します。
おそらくハリウッドでは作りえない、スペインという長く、そして時には暗い歴史を持った国ならではの奥深さが感じられます。
残酷シーンは皆無で、官能シーンもごくわずかですが、そういう表層的な面からではなく、子どもに観せてはいけない映画だと思います。
映像からにじみ出る、人間という存在を引いて見る冷酷で苛烈な感覚は、感受性の豊かな子どもに悪影響を及ぼすでしょう。
中年の私ですら、軽く落ちた感じです。
美的で冷酷な、印象深い映画でした。
下手な鉄砲数打ちゃ当たる、と言いますが、逆に言えば数を打たないと当たらないのですよねぇ。
私が酷評したたくさんの凡庸な作品も、「私が、生きる肌」に導くために作られたと思えば浮かばれましょう。
倉橋由美子が謙遜してか、金や銀のような光り輝く作品が生まれるためには、凡百の砂粒のような小説が書かれなければならず、砂粒は時の審判によって吹き飛ばされても、わずかの金や銀が残れば満足だ、といった意味のことを、どこかで書いていたことを思い出します。
![]() | 私が、生きる肌〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕 |
平岡 敦 | |
早川書房 |
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