立春

文学

 今日は立春ですね。

 よくニュース番組などで、お天気キャスターが「暦の上では今日から春です」なんて言っていますが、「暦の上では」は余計ですねぇ。
 季節の移り変わりに暦も糞もありますまい。

 気温が低くとも、濃厚な春の気配がすでにこの国を覆っています。

 岩間とぢし 氷も今朝は とけそめて 苔のした水 道求むらむ

 「新古今和歌集」に見られる西行法師の歌です。

 岩の隙間を閉じ込めていた氷も解けて、苔の下の水は流れるべき道をさがしているのだろう、といったほどの意かと思います。

 立春にふさわしい歌ですね。

 じつは私は西行法師の和歌をあまり好みません。
 奔放に過ぎて、しかもやや感傷に走るきらいがありますから。

 きっと平安末期の歌壇では、熱狂的なファンがいる一方、一部からは毛嫌いされていたのではないかと想像します。
 太宰治や石川啄木がそうであったように。

 しかしこの歌は、瑞々しい春の訪れを思わせつつ、まだ凛とした冷たい空気をも感じさせて、好感が持てます。

 私が住まいする千葉市でも、近頃は池にうっすらと氷が張ったりしていますが、それもそろそろ終わりでしょう。

 筒井康隆の小説「敵」では、妻に先立たれた独り暮らしの元大学教授が、夜な夜な大勢で宴会を開く様子が描かれます。
 しかしそれは、老学者の心象風景に過ぎず、じつは独りで酒を飲みながら、そこにはいないはずの友人知人と酒を酌み交わしているのです。

 ぞっとするような描写です。

 その作品の後半部、何度も「春になったらみんなが訪ねてくれるなぁ」という独白がこれでもか、と繰り返されます。

 おそらくは、春になっても誰も訪ねてなどくれないのでしょう。
 しかし春を待ちわび、春に幸運を期待する日本人の心性が、見事に描かれています。
 怖ろしいほどに。

 私の理性は春など憂鬱なだけだ、と思いつつ、心のどこかでそれを待っている感性があります。
 矛盾したものですねぇ。

新古今和歌集〈上〉 (角川ソフィア文庫)
久保田 淳
角川学芸出版

 

新古今和歌集〈下〉 (角川ソフィア文庫)
久保田 淳
角川学芸出版

 

敵 (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社

 

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