先般、ベルギーの24歳の女性が、生きていることに向いていない、という理由で安楽死を望み、精神科医3名がこれを認め、近々安楽死が行われる見通しとなりました。
この女性は、幼い頃から生きていることが苦痛で仕方無かったそうです。
ベルギー、オランダなど、世界で数か国、安楽死を法的に認めている国があります。
通常、耐えがたい苦痛があり、治療の方法がなく、死期が迫っていることなどが安楽死の要件とされてきました。
まさか肉体的には健康なのに、精神的苦痛のみを理由として安楽死が認められるとは思ってもみませんでした。
そうすると、重度のうつ病患者のほとんどが安楽死を認められることになりはしないでしょうか?
わが国では、医師による積極的安楽死は殺人罪に問われます。
本人、家族などの合意により、治る見込みの無い病気の場合、抗がん剤治療などの苦痛を伴う治療を中止する等の消極的安楽死が認められることはあるようですが。
いずれにせよ、精神的苦痛のみを理由とする安楽死が認められるとすると、いくら複数の精神科医の同意が必要とはいえ、安楽死の概念を根底から覆すことになるのではないかと危惧します。
安楽死を扱った作品と言えば、森鴎外の「高瀬舟」が真っ先に思い浮かびます。
![]() | 山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫) |
森 鴎外 | |
新潮社 |
弟殺しの罪人が遠島申しつけられ、高瀬舟に乗って運ばれる途中、晴れ晴れとした顔をしている罪人を不思議に思い、役人がどんな罪を犯したのか問います。
早くに両親を亡くし、二人で助け合って生きていた弟が病気になり、世をはかなんで剃刀をのどに刺して自殺を図ったところに罪人が帰宅、弟は苦しくて仕方ないから剃刀を抜いてくれ、そうすればすぐに死ねるから、と兄に頼みます。
兄は医者を呼ぼうとしますが、どうにも助かる見込みはない、この上は早く楽にしてやろうと剃刀を抜き取り、弟は失血死。
その話を聞いた役人は、これが本当に殺人なのか、と疑問を抱くというお話。
このようなケースなら、現代の日本では有罪にはなるでしょうが執行猶予がつくでしょう。
これこそ、今まで私たちが問題にしてきた典型的なケースと言えます。
しかし、ベルギーの若い女性。
本当にどんな治療をしても、女性は精神的苦痛が和らぐことなく、生涯を死にたい死にたいと思い続けて過ごすのでしょうか。
日本では禁止薬物に指定されたリタリンという強烈な抗うつ薬があります。
ほとんど麻薬のような効果を持つ薬ですが、数年前まで、今にも自殺しそうなうつ病患者に処方され、効果を上げてきました。
専門医がどんな治療を施したのか知りませんが、生きていたくない、という思いを抱き続けてきたからと言って、安楽死の名の元に殺害してよいものでしょうか。
末期がんとか言うなら分りますが、精神的なひどい落ち込みは、様々な薬物治療及びカウンセリングで、多少は緩和されるのではないでしょうか。
まして薬物は日進月歩。
ベルギーの女性に効く薬が開発されるかもしれません。
それまでは既存の薬物を使用し、その他様々な精神療法を試みることが精神科医の役割であって、この患者は未来永劫生きる希望を持つことは無いなどと、なぜ判断できるのでしょうか。
強く死を願う女性の気持ちを慮れば、安楽死させてやろうと言う心情も分からないではありませんが、患者の言いなりの診断をしたとしか思えません。
うつ状態がきつい時、私も強い自殺願望がありました。
しかし今は、死にたいなんてかけらも思いません。
女性はまだ24歳。
安楽死よりも、治療を継続することを、強く望みます。